「ストライクは無事なようだな……」
 格納庫のMSデッキに安置された機体を見て、イザークは我知らず安堵のため息をつく。
『イザーク……コクピットの中を確認してくれ。さっきはそこに敵のパイロットがいた』
 イザークの耳にアスランの言葉が届いた。
『コクピットに入り込むだけなら、構造を知っていれば可能だからな』
 その言葉に、イザークは眉をひそめる。
「……ずいぶんと暇な奴だったんだな、そいつは……」
 そして、こんな感想を口にした。
『それって、何か違いません?』
 潜入するなら数時間ぐらいがまんするだろうとニコルは問いかける。
『キラの性格を考えれば、あの状況でストライクに乗ると言い切るのは簡単に想像できたことだ。それを知っていて、なおかつあの状況を作り出したのなら、そう何時間も待っていたわけではないのかもしれないな』
 キラの予定さえ事前に入手できていたのなら……とフラガは口にした。
「なるほど……そして、そいつの予定は、ここにいた整備員から聞き出すことも可能だ、と言うことか」
 キラの行動パターンさえ掴めれば、準備は不可能ではない……とイザークも納得する。
「だが、いくらデュエルでもあの小さな開閉装置を操作するのは不可能だぞ」
 どうするんだ? とイザークは問いかけた。
『……デュエルで、僕を持ち上げてもらえますか?』
 それに言葉を返したのはキラだ。
『キラ!』
『危険です!』
 即座に否定の言葉をアスラン達が口にする。
『……でも、あれについてよく知っているのは僕だし……イザークさんも側にいてくれるんだから……』
 大丈夫だよ……とキラは周囲のものを説得するように言葉をつづり始めた。
『それに、僕が行けば直ぐに動かせるし』
『だが、万が一あれの開閉装置に爆弾がしかけられてたらどうする?』
 間違いなく傷つくのはお前だぞ、とフラガが指摘をする。
『そんなことを言ったら、誰も行けないじゃないですか』
 怪我をする可能性があるのなら……とキラが反論する声がイザークの耳に届く。
『……ようは、防御壁があればいいんだが』
 さすがにさがしている時間はないか……と言ったのはマードックだった。
「それなら、デュエルで十分だろうが。万が一の時は手で遮ってやる。マニピュレーターぐらいならそれにも搭載しているんだろう?」
 それを使え、とイザークはいらついた口調で告げる。
『そりゃ、ありますがね……あぁ、俺がキラと一緒に行って、ストライクのコクピットを開く。で、何事もなければそのままお前さんが乗り込めばいいのか』
 マードックの案が一番良さそうにイザークには思えた。
『……仕方がないな。そうでなければ納得しない奴もいるし……』
 ため息とともにフラガが告げたセリフの相手が誰か、聞かなくてもわかってしまう。
『僕は』
「では、そうするぞ。準備を急いでくれ」
 キラの言葉を遮ってイザークが結論を出す。でなければ、このままずるずると反対を続けそうなものばかりなのだ。
「かなり外の状況がやばそうだ」
 この言葉に、さすがのアスラン達もそれ以上の反論は出来ないらしい。エレカのドアが開いたかと思うと、キラとマードックが降りてくる。その手には作業用のマニピュレーターが抱えられていた。
 そんな二人の前にイザークはデュエルの手を差し出す。
「乗れ!」
 マイク越しにそう告げれば、二人はそのままデュエルの掌の上に体を乗せる。そして、そのまま指に抱きつくようにして体を横たえたのは、おそらくこれから襲って来るであろう衝撃を警戒してのことだろう。
 二人が安全であることを確認してから、イザークはゆっくりとストライクのコクピットの高さまでデュエルの手を持ち上げる。
 目的の位置で停止させれば、マードックが直ぐに作業を開始した。
 デュエルの指の隙間から、マニピュレーターを操り、外部開閉装置を操作する。
 そんな彼らの前には彼らが乗っていない方のデュエルの手が壁のようにそそり立っていた。
「キラ……身を伏せてろよ」
 今、コクピットを開ける……とマードックが言う。
 自分の言葉にキラが素直に従ったのを見て、マードックは最後の操作をした。
 コクピットのハッチがゆっくりと開いていく。
 一瞬の間を置いても、何も起こらない。
「……大丈夫のようですね」
 キラがこう口にしながら、ストライクへと移動しようと動き出す。
「ちょっと待て。確認させろ」
 そんなキラをイザークが制止する。そして、デュエルのモニターを操作して異物がないか確認を行う。同じ型のコクピットに、異物があれば自分でもわかると判断してのことだ。
「異常はないようだ」
 行け、と言うようにキラ達の前の壁がなくなる。その瞬間、キラはどこか慣れた仕草でコクピットの中に滑り込んでいった。

 イザークに遅れて、ディアッカもまたプラントへと戻ってきていた。だが、バスターはプラント内部へは進入していない。その最大の武器であるガンランチャーもライフルも限定された空間では宝の持ち腐れになってしまうからだ。
「……こいつら、手応えがなさ過ぎ」
 シミュレーションの的でももう少しマシだろう、とディアッカは呟く。
 その時だった。
 それらとはまったく違った動きを見せる機体がバスターのセンサーに映し出される。
「こいつは……おもしろくなりそうだぜ」
 にやりっと笑うと、バスターの向きを変えた。
「お前は俺に付き合って貰おうか」
 退屈していたんだよ、俺は……と付け加えるとともにランチャーの照準をその機体へとロックした。
「こういう連中に付き合った自分が悪いと諦めろよな」
 そして、そのままそれに向かってビームを発射する。
 直ぐにその機体はこの世界から消え去るかとディアッカは思っていた。だが、その機体は的確な回避運動を行う。
「楽しませてくれるじゃないか!」
 ディアッカは笑い声を立てると、再びその機体へと照準を合わせる。
「なら、俺が満足をするまでつきあえよ」
 俺を本気にさせたんだから……と付け加えると、ディアッカはまたトリガーを引いた。

「ふむ……新兵の訓練には丁度いいだろうが……ここまで数が多いと、さすがに厄介だな」
 同じころ、クルーゼはザフト本部前に釘付けにされていた。
 本来であればストライクがある格納庫まで彼らをフォローしに行きたいところだった。だが、そんな彼の行動を阻むかのように周囲には敵のMSが、壁を作っている。
「かといって、ここで無理をしてはプラント本体に影響がでかねんしな」
 さすがにここでヘリオポリスの一見を再現するわけにもいかないだろう。そんなことをすれば、キラがどう出るかわからない。
「……私だ。どこからか不審な電波が出ていないか確認をしろ。あるいは、これら、リモートコントロールをされているかもしれん」
 可能性がある以上、確認しておくべきだろうとクルーゼは付け加える。
『了解しました』
 即座に答えが返ってきた。
「私の考えが当たっているのであれば、後でキラ君にOSを解析して貰うか」
 そうすれば、ザフトもまた規模を縮小することができるだろう。
「もっとも、目の前の事態を解決せねば、そんなことも言っていられまい」
 おそらく、これは全て《キラ》を拉致するための行動なのだ、とクルーゼは推測をする。これだけ大がかりな作戦を行ってもかまわないと思うほど、連中はあの存在を必要としているのだろう。
 だからといって、それを認める気は毛頭ない。
 しかし、現状では身動きが取れないというのもまた事実だ。
「あちらは、ニコル達に任せるとして……こちらを順次片づけていくか」
 それが一番早いだろう……と、口元に笑みを浮かべる。
「目の前の存在が大切だ……というのであれば、それを行動で証明してみせるのだな」
 言葉とともに、クルーゼは襲いかかってきた機体に向けてライフルの照準を合わせた。