「……あのMS……動き、変だ……」 目の前に立ちふさがったそれを見た瞬間、キラが眉をひそめて呟く。 「キラ?」 一体何を……と言いかけてアスランはやめる。彼の目にも敵のMSの動きはおかしいと思えたのだ。 人間が操縦しているときのような細かな反射運動がない。 それ以上に、防御をまったく考えないその動きは、パイロットの安全を最初から念頭に置いていないのでは……と思えるものだ。 「……いくら連合のそれとは言え……確かにあの動きは不自然ですな……」 キラの言葉を耳にしてからMSの動きを観察していたマードックが頷く。 「何て言うか……ゲームの中のAI制御のキャラみたい……って言ったらおかしいのかな?」 そんなマードックの言葉にキラは頷きつつこう口にした。 「言われてみれば……そんな感じだな。だから、こちら側のMSが相手の反射速度以上の動きを見せれば、あっさりとやられる」 良い的だが、数が多いのが厄介か……とアスランも同意を見せる。 「……と言うことは、実験段階とは言え、アレが完成したってことか?」 AI制御の無人MSが……とフラガは付け加えた。 「可能性は否定できませんね。あちらは、以前ほど人的資産があるわけではないでしょう?」 少しでも死人を減らすためには当然の結論だろう。 「……ただ、全てが全て、そうだとは思えないのが厄介だな」 目の前のジンを攻撃したそれは、間違いなくパイロットが乗っていると思える動きだった。 「……なめてかかると、とんでもないしっぺ返しが来る……と言うことですね」 ニコルが目の前のジンをにらみながら、ため息をつく。そのジンは、相手を舐めきっていたのだろう。あっさりと膝関節を相手のMSに破壊された。 「まったく……どこの隊の奴だ?」 小さく舌打ちをしたニコルの口調に鬼気迫るものを感じてしまう。 「さぁな……だが、ここの周辺にパイロット付きのMSが多いように思えるのは、気のせいか?」 そんなニコルになれているのだろうか。アスランが冷静な口調でこう言った。 「言われてみればそうですね……まるで、僕たちの行動が……」 そこまで言いかけて、ニコルは言葉を切る。 「そう言えば、さっきの奴もザフト内に潜入していたのでしたね。無線の周波数ぐらいばれていますか」 そして、イザークとの通信を傍受されてしまったのだろうとニコルは唇を咬んだ。 「失敗しましたね。公衆回線ではなく守秘回線を使うべきでした」 「過ぎたことは仕方がない。それよりも、どうするか、だ」 このままでは、数に押されてこちらが不利になるだろう。自分たちがそれぞれの機体に乗り込んでいるならともかく、エレカの中では手の撃ちようがない。 「……ストライクに、まだ、あいつ、いるかな?」 ふっと思い出したというようにキラが言葉を口にする。 「キラ?」 「あいつ、自分がパイロットだって言っていたし……この状況ならMSに乗り込んでいるかなって……だったら、ストライクの所に戻って、あれを動かした方が、安全に移動できるんじゃないかと……」 みんなも守れるし……と付け加えるキラに、エレカ内に乗っている者は皆複雑な視線を投げかけた。 「……イザークが来るはずですから、それを待ってからでも大丈夫なのでは……」 ニコルが微笑みながら何とか口を開く。 「ストライクを取りに戻るにしても、このままブリッツまたはイージスの所へ行くにしても、デュエルが側にいてくれる以上の安心はありませんから」 ここならそれまで持ちこたえられるだろう、と付け加える彼に、他の者たちも大きく頷いている。 「……そうだね」 アスラン達を危険にさらすよりは、少しでも確実な方法を選びたい、とキラは心の中で呟く。 「さて……そう言うことだから、出来るだけ目立たないところに移動しようか」 フラガの言葉に、エレカが再び動き出した。 『何を言っている! 俺だけじゃ不安だというのか!』 イザークの怒鳴り声が通信機から響き渡る。 「そうじゃなくて……使えるものは使った方がいいでしょう? 今は一機でも多くMSがあった方がいいんじゃないかと思ったんだけど……」 余計なことだったのかな……とキラは視線を伏せた。 『違うだろう! お前は……』 「イザーク。キラが、何だって?」 女だろうと彼が言う前にアスランがその言葉を制止する。 『……ともかく、体調が今ひとつな奴が無理をするな』 お前のパイロットとしての技量は認めているが、それとこれとは話が違うだろうとイザークは代わりに口にした。 「無理はしていないよ……ただ、しばらく操縦していないから、足手まといになるかもしれないって可能性は否定しないけど…… それでも、守ることが出来るなら、僕はみんなを守りたい」 キラはきっぱりと言い切る。 「……本当にお前は……」 自分のことは後回しか……と言う言葉をフラガは飲み込んだ。 「それを普通『無理』と言うような気もしますが……ストライクがあれば有利になるのは事実ですし……」 難しいところですね……とニコルが呟く。その時だった。彼らを爆発の衝撃が襲う。 「どうやら、見つかったようだな」 咄嗟に外の様子を確認したフラガが、舌打ちをする。 「……仕方がない……ストライクをおいてある場所まで戻ろう。デュエルがあったとしても、ここを抜け出すのは危険だ」 アスランがきっぱりとした口調で決断を下す。 「不本意ですが……それしかないですね」 ニコルもまたそれに同意を見せた。 『……わかった。援護してやろう。ただし、あくまでも無理はするな』 わかっているな、とイザークが付け加える。 「と言うわけだ。デュエルに遅れないように走れ」 「はっ!」 ニコルの言葉に、運転手を務めている兵士が、どこか興奮した様子で頷いた。 「ストライクの所ですね。また、あれが本来の色をまとっているところが見られるわけですか」 その理由は彼のこの言葉から推測することが出来た。 「……無事に、奴の手から取り戻すことが出来れば、だがな」 だが、その気持ちがわからぬ彼ら――もっとも、キラを除いてだが――ではない。自分たちもまた、あれが本来の姿を取り戻したとき、同じような興奮を覚えたのだから。 「それでも、キラが傷つくなら……二度とあれが目を覚まさなくても、俺は良かったんだ」 小さな声で呟かれたアスランの声は、キラはもちろんニコルやフラガ、マードックの耳にしっかりと届いていた。 「……なんだか、馬鹿らしくなってきたのは、俺だけですか?」 マードックが疲れたような声色で隣にいるフラガへと問いかける。 「諦めろ……結局、あいつらはまだまだオコサマなんだよ。それも、ようやく、欲しい物を手に入れかけている、な」 そう言う覚えは、マードックにもあるだろうとフラガは笑う。 「まぁ、彼らより一回りも年長の誰かさんもそうでしたからねぇ……わからなくはありませんが」 そんなフラガへマードックがこう言い返す。 「……何とでも言ってくれ」 照れたのか――それとも図星だったのか――どこかぶっきらぼうな口調でフラガは視線を外へと向けた。 「ともかく、一番大切なのは、キラにとって何が一番幸せなのかってことだからな」 そして、そのために何がしてやれるのか……と呟く彼の視線の先にはデュエルの足先がある。 「それが一番重要ですか」 マードックが大きく頷きつつ視線をキラへと向けた。そこには、あの頃と同じように何かを決意したキラの姿がある。 「ともかく、無理だけはするな。俺かニコルが自分の機体に乗り込んだら、後は任せろ。いいな」 そんなキラにアスランがこう言い聞かせていた。 「いやだ……僕だって、みんなを守りたいんだし……あんな事」 許せるわけがない、とキラは唇を咬む。 「本当、強情だよな、キラは」 小さくため息をつくアスランに、キラは困ったような視線を向ける。 「ともかく、自分の安全を第一に考えること。いいね?」 この言葉に、キラは渋々と言った様子で頷いていた。 |