キラ達の前に一台のエレカが滑り込んできた。軍用の仕様なのだろうか。銃弾を浴びても穴が空く様子はない。
「早く!」
 ドアが開かれると同時に、マードックの声が彼らの耳に届いた。
「マードック! 助かった!」
 言葉とともにフラガはキラを抱えて立ち上がる。その脇ではニコルがアスランに方を足して同じように立ち上がった。
 タイミングを見計らって、後部座席へと体を滑り込ませる。
「出せ!」
 ドアを閉めるよりも先に、マードックが運転手に向かってこう叫んだ。同時にエレカが動き出す。
「……くっ!」
 その衝撃にバランスを崩したアスランが、シートに体を打ち付けてしまう。
「アスラン!」
 彼が低く漏らしたうめき声に、キラが不安そうに彼の名を口にする。
「……だ、いじょうぶだよ……ちょっと驚いただけだ」
 無理に作っているとわかる笑顔でアスランが答えを返してきた。それに、キラはますます不安そうな表情を作る。
「心配だったら、キラさんがアスランを支えていてあげてください。僕とフラガさんで、万が一の事態に備えますから」
 ニコルがそんなキラの心情に配慮をしてこう告げた。
「そうだな。その方がいいか」
 その方が安心できるだろう……というフラガの言葉は二人のうちのどちらに向けられた言葉だったのか。
「ほら」
 それを確認する前に、フラガがキラをアスランの隣へと突き飛ばす。
「うわっ」
「キラ!」
 慌ててキラの体を抱き留めるアスランを見て、フラガ達は彼のダメージは軽いと判断をした。
「……少し乱暴なのでは……」
 それでもあきれたような口調でマードックがフラガに苦情を言う。
「いいんだよ。でないと、キラは遠慮していつまで経っても側に行かないんだから」
 少しぐらい強引に事を進めてやらないとな……と言いながら笑う彼の態度は、キラも見知ったものだ。
「それにしても……一体いつからストライクのコクピットにいたんだ? それよりも、誰だ、あいつは」
 おそらく、フラガ達からはあの男の顔が見えなかったのだろう。そして、アスランは顔は確認できても何者かは知らなかったらしい。
「……連合の……新型Gのパイロット、でした」
 唯一、彼の素性を知っているキラはこう言う。
「……まじかよ……確かあいつらって……」
「ブルーコスモスの子飼いだったはずですぜ」
 そんな連中が、どうして今までおとなしくザフトの中にいたのか。あるいは、最近潜入したのかもしれないが、そんな人間をストライクに近づけるような警備をしていないはず……とフラガとマードックは顔を見合わせる。
「そいつって、どんな人ですか?」
 ニコルが口を挟んできた。
「……赤毛の、一見いい家の出身……って言った感じの人です」
 それにキラは、言葉を返す。
「ディアッカに雰囲気が少しにているか?」
 一瞬しか目にしなかったが、とアスランが言えば、
「……そう言ったら、ディアッカさんに悪いと思う……ディアッカさんは話していても気持ち悪くないから」
 あいつは話をするのも苦痛だった、とキラは言い切る。
「キラさんがそう言っていたと知ったら、ディアッカは喜びますね……」
 にっこりとニコルが微笑みながら言葉を口にした。
「と言う話はおいておいて……その男は確か……マサキ隊長の隊の人間だったと……連合のMS開発局にいたことがある関係で、ストライクのOSのロックをはずせるかもしれないと言うことで、以前来たことがあります」
 だが、結果的にストライクのロックははずせずに、原隊に戻ったはずだ……とニコルは付け加えた。
「マサキ隊長には、キラの今日の行動は?」
「連絡は行っていたはずです」
 ニコルのこの言葉に、アスランだけではなくフラガも眉を寄せる。
「ザフトの……隊長クラスの人間を疑うのは軍法会議ものかもしれないが……」
「……可能性を否定できない以上、確認だけはしておいた方がいいでしょうね」
 車内に重苦しい空気が漂い始めた。
「……アスラン……」
 無意識なのだろうか。キラがアスランへと体をすり寄せてきた。
「大丈夫だ。この状況なら、クルーゼ隊長も動いているはず……あの人の実力はキラも知っているだろう?」
 他にも守備隊が対処をしているはずだ……と付け加えながら、アスランはキラの肩を抱きしめた。
「ストライクが使えなかったのは残念ですが……あれにはまだキラさんがロックをかけたままですし……あいつに奪われなかっただけよしとしましょう。それと、このままブリッツの所へ向かってください」
 ここから一番近く、なおかつ対処が出来るのはそこだろうとニコルは運転手へ告げる。フラガもまた端末を操作し、周囲の状況を確認し始めた。目の前で起きていることはともかく、建物の外の状況がわからなければルートを決めようがない、と言うことらしい。
「……あいつ、僕が『女』だって知ってたんだ……」
 そんな彼らの行動の邪魔にならないようにと、キラは声を潜めながらアスランに話しかける。
「そんなことまで情報が漏れているのか」
 キラの言葉に、アスランはさらに渋面を深めた。
「女だから……そう言う関係になれば……って言ってた……でも……」
 ただ単に、きれいな人形を側に置いておきたいだけのようで、すごく気持ち悪かった……とキラは付け加える。
「馬鹿だな、キラ。俺がお前を他の誰かに渡すと思っているのか?」
 必ず守ってやるからと囁いてくるアスランに、キラは小さく頷く。
「でも……僕は、君に守って貰うだけの存在じゃいやなんだ」
 側にはいたいけど……とキラは言葉を返す。
「わかっているよ、キラ」
 そう言うところも好きなんだから……と笑うアスランに、キラは淡い微笑みを返した。

「……ともかく、無事、なんだな、お前らは」
 飛び込んできた通信に、イザークはかすかに安堵の色を瞳に浮かべる。
『今は……と言うところですが……とりあえず、ブリッツの所へ向かう予定です。A36のゲートから出ますから……』
 ニコルの言葉が淡々とした口調でこう告げた。もっとも、本心は焦っているのだろうと言うことがその声から伝わってくる。
「わかった。フォローに行ってやる」
 言葉とともにイザークはデュエルを移動させ始めた。そんな彼の前にかつて連合が開発をした量産型のMSが現れる。
「邪魔だ!」
 咄嗟にビームサーベルを抜くと、イザークはそれをなぎ払う。目の前の機体は除ける素振りも見せずにあっさりと切り伏せられた。
「……なんだ、これは……」
 はっきり言って、人間が操縦しているのであれば――どれだけ未熟なパイロットだとしても――回避行動を見せるものだ。いや、MSのOS自体にその動きが組み込まれていると言っていい。それなのに、今イザークが倒した機体には微塵もその動きをする様子を見せなかった。
「えぇい。追及は後だ。今はあいつらの方が先決か」
 回収だけを指示しておけばいいだろうとイザークは判断をする。
 そのまま相手の機体を乗り越えると目的の場所へと向かい始めた。
 実際に自分の足で歩けばどれだけの時間がかかるかわからない距離も、MSでは本の数分だ。
 だが、その間にも行く手を阻むかのようにMSが現れる。
「……まさか……通信が盗聴されているのか?」
 まるで狙ったかのように現れるMSにイザークはいらだちを隠せない。しかも、目的地に近づけば近づくほど、その数は多くなっていく。もっとも、手応えのなさは変わらないのだが。
 まるで初心者用のシミュレーションを受けているようだ……と思いながらも、イザークはこれらをどうにか出来ないかと本気で思ってしまう。
「失敗したな。こいつらの相手は守備隊に押しつければ良かったのか」
 そうすれば、少しは彼らの鬱憤も晴れるのではないか……と相手に失礼なことまで考えてしまうくらい、イザークのいらだちは高まっていたと言っていい。
「ともかく、フォローしないとあいつに何を言われるかわかったものじゃないな」
 アスランとの確執は以前からのものだ。ある意味、それは彼なりのコミュニケーションだと言っていい。だから、少々遅れても気にしないだろう。
 だが、ニコルは本気で怒らせるとまずい。
 そして、間違いなくラクスの恨みも買うだろうと予想が付いてしまう。
 はっきり言って、あの二人がつきあい始めたとアスランから聞いたとき、ディアッカだけではなくイザークも背筋に冷たいものを押しつけられたような感覚を味わったのだ。
 その恐怖が現実のものとして自分に向かってくるのは願い下げだ、と心の中で呟くと、イザークはデュエルを大きくジャンプさせる。
 そのままバーナーをふかして出来るだけ目的地に近いところまで移動した。その間に、ビームサーベルからライフルへと持ち替える。
 デュエルが着地をすると同時に、相手が方向を変えた。
「馬鹿め!」
 遅いんだよ、といいながら、イザークはビームライフルを相手に向けて連射する。
「なんで俺が場所を移動したのか、理解できないんだろうが」
 この角度からであれば、万が一ねらいをはずしてもザフトの重要施設や一般市民が暮らしている地域には影響を及ぼさないのだ。
 キラにとってその後彼が選択をした行動の起因と思われるあのヘリオポリス崩壊の悲劇は、イザークの精神にも影を落としていた。
 そして、何よりここで暮らしている大多数はコーディネイター。
 自分が守りたいと思っている存在。
「……と考えれば、あいつの行動も理解できるか」
 それは、キラが最後まで連合――アークエンジェルと言うべきか、この場合――側に立っていた理由と同じものかもしれない。
「だったら、余計にあいつをお前らには渡せないな。あいつの大切なものは、皆、こちらにある」
 そして、キラを大切に思っている者――思い始めている者――も皆、ここにいるのだ。
「馬鹿なナチュラルに渡すには、惜しいんだよ、あいつは」
 気がついたときには、既にイザークの視界の中には動くMSは一機もなかった。
 それを確認してからイザークはデュエルを反転させる。そして、これ以上の厄介事が降りかかる前にとデュエルを急がせた。