しかし、アスラン達の手の内は相手に読まれていたらしい。
「アスラン!」
 一足先にストライクのコクピットに入り込もうとした彼の体が、何者かの手によって突き落とされる。
「……一体何を……」
 その瞬間、キラの意識が、かつて仲間達を守るために戦っていたときと同じものへと切り替わった。
「簡単なことだよ」
 そう言いながら、銃を構えた青年がゆっくりとストライクのコクピットから姿を現した。その容貌にキラは見覚えがある。
「……お前は……確か、連合の……」
 ストライク以下五機の後続機として作られた三機のG。そのうちの一機のパイロットだったはず……とキラは目を眇める。
「覚えていてくれたとは……一応礼を言うべきなのかな」
 どこかキラをあざけるような感情が、彼の口調からは感じられた。いや、それは『キラ』だけではなく、全てのコーディネイターに対するものなのかもしれない。
「……あまりに印象が悪かったから忘れられなかっただけです」
 そう言いながら、キラはどうしようかと必死に考えていた。
 このままここにいてはいけない。
 だが、下手に動けば撃たれるのではないかという恐怖心もある。
「言ってくれるな。そんな可愛い顔をして、実はかなりの毒舌?」
 それとも、ただ強がっているだけかな……と言う彼の言葉に、キラはますます表情を厳しくしていく。
「再び、世界を戦争の中に巻き込もうと言うことを考えている連中が嫌いなだけだ」
 きっぱりと言い切るキラに、青年はおもしろそうだという表情を見せる。
「それも……やっぱり実は『女』だからなのかな?」
 このセリフに、キラは驚愕の色を瞳に浮かべた。一体、どこまで自分たちのことを知っているのだろうと。アスランの話では、自分に関することはトップシークレットだと聞いたのに……と心の中で呟く。
「それならそれでかまわないけどね。コーディネイターでも美人は大歓迎だ。それに、そう言う関係になれば、いやでも協力してくれそうなタイプだし、君は」
 違うか、と言われれば否定することは出来ない。
「だからといって、貴方を選ぶわけがないでしょう?」
 意地でも選ばない、と言う言葉は、キラの心の中だけで付け加えられた。
「さぁ、どうかな」
 好きにさせてみせる自信はあるけどね……と目の前の男が目を細める。そして、一歩キラの方へと歩み寄ってきた。
 反射的に、キラは彼から離れようと後ずさる。
「それは単に、君が俺たちを知らないからだろう」
 そんなキラの様子すら楽しいというのか。下卑た笑みをその口元に浮かべる。それがキラの中の嫌悪感を増大させていた。
「ゆっくりと知り合えば、そう言う考えは消えるって」
 口調は優しいが、彼の言葉の中には真実みが感じられない。それどころか、誰が耳にしても『嘘だ』と判断できるのではないだろうか。あくまでも彼がキラに向けているのは『有能な道具』を欲しがる欲求だけだ。
「無理だね。お前らの意識が根本的から変わらないなら」
 このままではいずれ掴まってしまうだろう。
 その前に、何とかこいつから逃れないと……とキラは周囲の様子をそっと確認する。だが、このまま普通にキャットウォークを逃げたのでは掴まってしまうだろう。それでなくても、撃たれる可能性が高い。
 では、飛び降りるか。
 いくらコーディネイターとはいえ、この高さでは怪我をするだろう。
 だが、下にはアスラン達がいる。
 何かあってもフォローしてもらえるのではないか。
 それで病院に逆戻りをしても――病院側は迷惑かもしれないが――その方があいつらに対する備えがしやすいかもしれない。
 キラはそう判断をすると、さらに体の位置をずらしていく。
「こらこら、そんなに端に行くと落ちるぞ。いくらコーディネイターとは言え、この高さから落ちれば、ただじゃすまないんじゃないかな?」
 それよりは、おとなしくこっちに来なよ……と、彼は優しげな笑みを浮かべる。
「ごめんだね。お前らに協力をするくらいなら、怪我をした方がましだ。僕は……もう二度と戦いたくない!」
 言葉とともに、キラはキャットウォークの手すりを飛び越えた。
「おっ、おい!」
 慌てたような声が追いかけてくる。
 だが、それも重力の法則に則ったキラの体を止めることができなかった。
「馬鹿!」
 同時に、下からフラガの声が飛んでくる。
「キラ……誰か!」
 同時に、アスランの焦ったような声もまたキラの耳に届いた。どうやら、命だけは無事らしい、とほっとするまもなく、目の前に床が広がる。
 次に襲うであろう衝撃に備えるかのようにキラはきつくまぶたを閉じた。
 だが、予想していたよりも衝撃はキラの体を襲わなかった。その代わりに、何か柔らかいものが体を包んだ。
「……えっ?」
 一体どうして……と思いながらキラは目を見開く。
「アスランには間に合いませんでしたけど、キラさんの役には立ちましたね」
 にっこりと微笑みながら、ニコルが言葉を口にする。
「だからといって……さすがに心臓が止まるかと思ったぞ」
 フラガがそう言いながら、キラを自分の方へと引き寄せた。その瞬間、キラは自分を受け止めてくれたのが緊急用のエァクッションなのだと理解をする。
「……あいつらに協力をするぐらいなら、怪我をした方がましだと思っただけです」
 あんな連中……と言った瞬間、フラガがさらにキラを抱き寄せた。そして、そのまま自分の胸の中に隠すようにする。
「フラガさん?」
 何を、と問いかけるよりも早く、キラの耳に銃声が届く。
「早々に移動した方がいいな。アスランは動けるのですか?」
 相手の死角へとそのままキラを引きずるようにして移動しながら、フラガは問いかける。
「多分……大丈夫だと……」
「でも、無理をしない方がいいですね。いくら鍛えているとは言え、ひびぐらいは入っているでしょうし」
 落ちたときの状況が状況だから……とニコルが口にすれば、フラガの腕の中でキラが青ざめる。
「大丈夫だから、キラ」
 そんなキラに慌ててアスランが安心させるように言葉をかけた。
「俺は大丈夫だ。そして、こんな事、直ぐに終わらせてやるから」
 だから、キラは安全なところへ避難しろ……と言いかけてアスランはやめる。今、どこが一番安全なのか、彼にも判断できなかったのだ。
「……ともかく、この場を離れて、クルーゼ隊長達と合流しましょう。このメンバーだけではかなりまずいです」
 さすがに、ストライクが使えない状況では……とニコルが冷静な口調で告げる。その彼の視線には、おそらく敵方のものらしいMSの姿があった……

「敵のものと思われるMSが、開発局の格納庫へ侵入しました!」
 悲鳴のような声がクルーゼの耳に届く。
「……一体どこから……」
 侵入したんだ、と他の兵士が呟いている。
「そんなデーター、どこにもないぞ」
 おそらく、咄嗟に確認をしたのだろう。その困惑度がさらに深まった。
「……システムのチェックを行え。あるいは、誰かが改ざんしたのかもしれない。それと、シグーの用意を。私が行く」
 あそこには今、キラ達がいるはず。
 そして、侵入者達の目的は間違いなく《キラ》なのだろう。
 ストライクが動いていないと言うことは、彼らがまずい状況に追い込まれていると言うことでもある。
 クルーゼはそう判断をすると、腰を上げた。
「シグーは直ぐにでも出撃可能だそうです。それと、イザーク隊が戻ってきました。プラント内へのMS進入の許可を求めていますが?」
 いかがしますか、とクルーゼの元へ確認の問いかけが届く。
「……許可をしろ。ただし、出来るだけ周囲へ影響を及ぼさぬようにと」
 おそらく、外にいるジンを呼び戻すよりも早いだろう。
 そして、イザークの実力であれば、数が劣っていても間違いなく勝利を収めることが出来るはずだ。
 クルーゼは彼らに対してその程度の信頼感を抱いている。だが、それを座して待つ余裕は今の彼にはなかった。言葉を残すと、そのままシグーをおいてあるデッキへと向かう。
「プラント内部での戦闘か……全ての発端となったヘリオポリスと同じ状況に追い込まれるとは……これもまた因果なのか」
 彼の口の中だけで呟かれたこの言葉は、他の者の耳には届かなかった……