フラガとともに彼の家へと戻った瞬間、キラの唇からため息がこぼれ落ちる。
「お疲れさん。今日だけだって言うのに、ちょーっとハードだったな」
 フラガがそんなキラの肩をいたわるように軽く叩く。
「……また、あんな事、あるのでしょうか……」
 そんな彼にキラがこう問いかける。
「ないとは言ってやれない。残念だがな」
 それどころか、もっと厄介な事態が起こるのではないか……とフラガは思っている。だが、それをキラに伝えるのは精神的に追いつめることと同意語だろう。
「まぁ、心配するな。当分はストライクの件であそこに通うんだし……それ以外は病院だろうが、お前さんは。いい加減、あっちの方も決めないとまずいんだろうし……」
 今のままでも確かに不都合はないだろう、まだ。
 だが、今後のことを考えれば、決断は早いほうがいい。
「と言っても、女性陣は皆お前が『女』になると決めつけているがな」
 それを無視して『男』でいるのは大変だぞ……とフラガは苦笑とともに付け加える。
「……わかっているのですが……」
 どうしたいかと言われるとまだわからない、とキラは口にした。
「……ともかく、中、入って座ろう。マリューもいないし、アスランが来るまでは二人きりだ。ゆっくりと話をしようか」
 おにーさんとな……と言いながら、フラガはキラの背に手を置く。そして、リビングへ移動するように促した。キラは素直にそれにしたがう。
 まずはキラをソファーへと座らせると、フラガは身軽にキッチンの方へと移動をした。と言ってもカウンターで区切られているだけのそこはお互いの様子がしっかりと見えるような作りになっているが。
「あの……僕がします」
 キラが慌てて腰を上げようとする。
「いいって。疲れてるだろう? それに、俺がやりたいんだからさ」
 俺の方が多分上手いし……と付け加えれば、キラはそのまま固まってしまう。どうやら、その手のことは本当に苦手らしいとフラガはその様子から推測をする。
「……砂糖とミルクはどうする?」
 手早くコーヒーを用意すると、フラガはキラに問いかけの言葉を投げかけた。
「ください……」
 キラは小さなため息とともに答えを返す。
「そうそう。素直なお子様は可愛いぞ」
 からかうような言葉とともに、フラガはコーヒーが入ったカップと砂糖とミルクを器用に持ちながら、リビングへと戻ってくる。
「僕は……」
 子供じゃない、とキラは口にしようとした。コーディネイターは13歳で成人とみなされるから、と。
「お子様だよ、お前はまだ。ようやく新しい世界に出てきたばかりの、な」
 だから、あれこれ戸惑っているじゃないか……とフラガはキラに言い聞かせる。
「……僕、は……」
 そうかもしれません……とキラは素直に口にした。自分が置かれている状況も、自分の上に降りかかってきた事実も、キラにとっては認識できてもまだ理解するところまでは行き着いていない。それを自覚することは出来ていた。
「だから、いいんだよ。もう少し、俺たちに甘えてくれてもな」
 これからゆっくりと大きくなっていけばいいんだから……とフラガに言われても、キラはどうすればいいのかわからないらしい。困ったような視線を彼に向けてきた。
「ともかく、一つずつ整理していくか……お前は、こうして俺たちと再会できて迷惑だと思っているのか?」
 この言葉にキラは即座に首を横に振って否定をしてみせる。
「じゃ、この場にいるのは?」
「いやじゃないです……でも、本当にここにいていいのか、とは思います」
 だって、今日もそれでみんなに迷惑をかけてしまったような気がする……とキラは付け加えた。
「……だから、誰もそんなことを思っていないって……」
 小さなため息とともにフラガは言葉を口にする。
「そんなことを言ったら、俺たちはどれだけお前に迷惑をかけたんだよ、あの時」
 そう言われて、キラはあれっと言うような表情を作った。
「だろう? だから、少なくとも俺たちはかまわないと思っているし……ラクス嬢やアスランに関しては……」
「迷惑をかけられるのは日常だったろう?」
 二人の耳に、アスランの声が届く。一体どこから、と視線を巡らせれば、窓から覗いている翡翠の瞳が見えた。
「……そこで何をしているのですか?」
 思わずあきれたような声で、フラガが彼に問いかける。
「インターフォンを鳴らしたんだが、聞こえなかったようだからね。悪いとは思ったが、こちらに回らせて貰ったんだ」
 そうしたら、話が聞こえたのだ……とアスランは微笑む。
「申し訳ありません」
 切ったつもりはなかったのだが……といいながらフラガは腰を上げる。そして、庭からリビングへと通じるドアを開けた。
「アスラン……」
 近づいてくる彼に、キラは困ったという表情を作る。
「それに、キラが側にいてくれるなら、なんでもできるって言ったろう?」
 キラの顔を覗き込むと、アスランはこう口にした。
「……でも……」
「それに、迷惑をかけられるとようやくキラが戻ってきてくれたって実感できるんだよな」
 くくっと笑いながらこういうアスランに、キラはそれ以上何も言えなくなってしまう。
「と言うことで、そちらもクリア……というわけだ」
 だから、誰も迷惑だなんて思っていないだろうとフラガはキラに言い聞かせる。
「後は……お前が今一番欲しいものだよな」
 かなえてやれるかどうかはともかくとして、聞いてやるから言ってみろ、とフラガが言った。
「そうだね……3年前に帰りたいとかと言った不可能なことでなければ、かなえてやるための努力は惜しまないよ、俺も」
 だから教えて、とアスランもキラに声をかける。
 二人に視線を向けられて、キラは困ったように小首をかしげた。それでもまじめに考えているとわかる。そんなキラの表情に、フラガ達は思わず微笑みを浮かべてしまう。
「……とりあえず……みんなが側にいてくれて……笑っていてくれれば、それだけでいいです……」
 そのために、あの頃も戦っていたのだから……とキラは蚊の鳴くような声で付け加える。
「本当にお前は……」
「そんなこと、いつでもかなえてあげるって」
 俺だけじゃなく、ラクスも他の人も喜んでな……とアスランが言えば、フラガも同意をするように大きく頷いて見せた。