「矛は目覚めた……ただ、人形共々監視が厳しい……どうするか、指示を待つ」
 人目を忍ぶように、その人物は声を潜め通信機に向かってこう話す。
『出来れば、二つとも持ち帰れ。それが無理なようであれば……人形だけでも』
 我々が再び力を得るために……と告げられた言葉に、一瞬、眉をひそめる。それができるかどうか。先ほどの一件で間違いなく警戒は強められたはずだ。
「了解」
 だが、今の状況を打ち砕くにはそれが必要だと言うことはわかっている。
 短い言葉を返すとともに、通信を終えた。
「……一体、どうやって目標に近づくか……あいつらはあてにならん。自力で何とかしなければならないのだろうが……」
 さて、どうするかな……と呟く声は、冷たいものだった……

「……やはり、目的は《キラ・ヤマト》か……」
 イザークがうなるような声で呟く。
「それと……ストライクなんだろうな」
 その有能さは、実際に戦った自分たちが一番よく知っている……とディアッカは付け加える。
「しかも、あれでも手加減していたらしいって言う話も聞いたしな」
 と言ったところで、手加減というのとは少し違うか……と彼は言い直す。
 キラは出来るだけ『相手を殺さない』ようにしていたらしいのだ。もっとも、それは地球に降下するまでのことで、それ以後はまるで人が変わったような戦い方をしていた。その理由についても彼らは知っていたが。
「ともかく、敵には回したくないのは事実だな。実力はもちろん、ナチュラルの連中の心情的な面からも」
 もし、キラが連中に参戦するようなことになれば、ようやく落ち着き、なじみつつある元連合軍の兵士達はあちらに行きかねないだろう。
「ご本人は、まったくそれを望んでいないのですけどね」
 むしろ、キラはこのまま戦いに関わらない場所で生きていきたいと思っているらしい、とニコルは感じていた。ザフトに協力をしなければならないとしても、せめて、 何かを守ることに関してだけなら……というのはキラの口からはっきりと聞いたのは事実だった。
「……俺も、二度とキラを戦わせたくないと思うよ……いや、俺だけじゃないか。そう思っているのは……」
 アスランがニコルの言葉に付け加えるようにこう言葉を口にする。
「少なくとも、ラクスやカガリ、それにフラガさん達はそう思っているらしいのは事実だな」
 それでも、キラの才能がそれを周囲に認めさせないのだが……とアスランはため息をつく。
「ともかく、出来る限り、不安要素を排除していくしかないのか」
 それが元ブルーコスモスと思われる反乱分子を早々に叩くことにもなるだろうと、ディアッカが口にした。
「……必要最低限の人間だけに会わせるか、それとも、信頼できる奴をつけるか……どちらかだな、とりあえず」
 それも、出来ればナチュラルではなくコーディネイターの方がいいだろうとイザークが言う。それは、ナチュラルを信用していないわけではなく、確実性を求めてのセリフなのだろう。
「そう言えば、あいつは今?」
「クルーゼ隊長の所だ。フラガさんが一緒に行ったから、間違いなく安全だと思うが……」
 イザークの問いかけに、アスランは即答をする。
「あぁ、OSの一件ですね」
 クルーゼから話を聞いていたのだろう。ニコルが即座に頷いて見せた。
「なら、マードックさんも呼び出されているはずですし……大丈夫だと思いますが」
 それに、クルーゼがキラをむざむざと連中に手渡すはずがないと言う信頼をその場にいた誰もが持っている。そして、クルーゼはキラを気にかけているらしい。キラの希望を叶えてやろうという素振りすら見られるのだ。
「……ともかく、俺たちは明日にはまた本国を離れる。お前とニコルに何とかして貰うしかないのだろうな」
 あちらこちらで馬鹿をしている連中にしては、自分たちが責任を持つが……とイザークが笑う。
「もちろん、そのつもりだ」
「そうですね。昔はともかく、今は僕たちより年下なんですし」
 守って差し上げないと……というのは不遜なんでしょうが……と微笑むニコルは、珍しくも本心からそう思っているらしい。
「……それをキラに言うなよ……」
 三年間の空白を気にしているらしいから……とアスランが即座に注意をする。
「わかっています」
 キラを傷つけるつもりはないのだから、とニコルが言い返した。
「……なかなか難しいな、あいつは」
 それも無理はないのだろうが……とイザークが呟いたときだ。外から何やら興奮しているようなざわめきが彼らの耳に届く。
「何かあったのか?」
 聞いているか? とディアッカが他の三人に問いかける。
「さぁ」
 予定では何もなかったはずだ、とニコルはアスラン達に同意を求めた。
「聞いてみれば早いだろう」
 そう言いながら、イザークが通路へと向かう。その行動はいかにも彼らしいと他の三人は苦笑を浮かべる。と言っても、好奇心が抑えられているわけではない。彼らもまたイザークの後を追いかけて通路へと出た。
「……ストライクを起動?」
 イザークが一般兵の一人の胸を掴みながらこんなセリフを口にしている。それは問いかけと言うよりは脅迫と思えるのは気のせいだろうか。
「はい……先ほどクルーゼ隊長とともにストライクのパイロットがMSハンガーへと向かったそうです。で、それを見たいと……」
 この場にいた者たちが皆ハンガーへと向かっているのだ……と彼は白状をした。
「……隊長がキラに?」
「あるいは、話の流れで……と言う可能性もありますよ。キラさんが狙われる理由の一つは、間違いなくそれでしょうし」
 そして、ストライクの存在も。
 だが、それがキラが必要とされている理由でもある。ストライクの存在とキラのプログラマーとしての才能。それがあるから、キラはこうして保護されていると言っていい。
「本当に、矛盾だらけだな」
 アスランの呟きは、彼の本心の表れだろう。それは他の者たちにもわかる。
「それをなくしていくのも、俺たちの役目……なんだろうな」
 だから、今でも自分たちはこうして戦いの中に身を置いているのだから……とディアッカが口にした。
「そうだな」
 キラのためにも……とアスランは心の中で付け加える。
「ストライクか……久々にその姿を目にするのもいいかもしれないな」
 イザークが一般兵を解放してやりながらこう呟く。
「ついでに、クルーゼ隊長に報告もしたいですし……アスランの姿を見ればキラさんも安心できるかもしれませんからね」
 ニコルの言葉にアスランは頷く。そして、久々に蘇ったらしいストライク本来の色を目にするために、彼らは移動を開始した。