「坊主!」 クルーゼへの敬礼が終わらないうちに、マードックがキラへと声をかけてくる。 「マードックさん!」 反射的にキラは立ち上がった。そしてそのまま彼へと駆け寄っていく。 「おう、元気そうだな」 そのまま抱きついたキラを、彼はしっかりと受け止める。 「それは僕のセリフです」 嬉しそうなキラの笑顔に、マードックのそれもつられたように深くなっていく。 「良かったなぁ、マードック父さん」 そんな彼に、フラガがからかうような声をかける。 「なんですかい、それは」 「実際、キラの父親と言ってもおかしくない年になっただろう? それに、そいつは『坊主』じゃないって言うのは教えたはずだったんだが……」 「……そうでしたな……ついつい昔の癖で」 悪かったな、と言ってくるマードックにキラは首を横に振って見せた。 「……僕も……まだ、自覚がないんです……」 だから、気にするなとキラは彼に告げる。 「どうやら、再会のあいさつは終わったようだね」 そんな彼らの耳に、クルーゼの言葉が届く。振り向いたキラの瞳に、微苦笑を浮かべている彼の姿が映った。 「先ほども連絡したとおり、キラ君をストライクの所へ案内したいのだが……」 クルーゼはマードックへ視線を向けると同時に表情を引き締める。 「手配はすんでいます。許可をいただけるのであれば、OSを解析したいとも言われましたが」 どうしますか、とマードックはクルーゼに問いかけた。 「彼らにしてみれば当然の反応だろうな。ただし、キラ君に無体な真似をしたら即座に中止させる、と釘を指しておいてくれ」 一応自分もフラガも同行するが……とクルーゼは付け加える。 「……マードックさん……」 キラの瞳に、かすかにおびえの色が見える。どうやら、クルーゼの言葉に恐怖を感じてしまったらしい。 「大丈夫だって。単に仕事熱心なだけだから……あの二人が後ろでにらみをきかせていたら、誰もんなことできねぇよ」 それに、大概のことなら俺が代わりに答えてやれるから……とマードックがキラを安心させるように口にした。 「な?」 と言われて、キラは小さく頷く。 「じゃ、行きますかい」 ぽんっとキラの頭に手を置くと、マードックは残りの二人へと視線を向ける。 「歩いていける距離なのか?」 どうやらここにストライクがあるとは知っていても、正確な場所までは知らないらしいフラガが、マードックに向かって問いかけた。 「そうですね……歩けば5分ほどですが……どうか?」 「キラ。歩いて行けそうか?」 マードックの問いかけにではなく、フラガはキラへと声をかける。それに、キラは小首をかしげて考え込んでしまった。 「って事は、体力が?」 「まだちょっと不安……って言うだけだ。三年間、筋肉を使っていなかったからな」 まぁ、疲れたようなら抱えていってやればいいか……と言うところがフラガらしいと言えばフラガらしいのだろう。 「ですな。その時はお手伝いさせて頂きますって」 今でも、キラの体重は資材一箱よりも軽いだろうとマードックが笑った。そのくらいであれば苦にならないとも。 「あの、ですね……」 「人の好意には甘えていいんだぞ」 本人がいいと言っているのなら特に、とキラが何かを言う前にマードックが言葉と口にした。 「それにな。お前さんが倒れるとあちらこちらうるさいからな」 俺はまだ死にたくない……と付け加える彼に、キラは疑問のまなざしを向ける。 「キラに何かあったら、間違いなくアスランやラクス嬢ちゃんにカガリ嬢ちゃんが怒りまくる……と言うだけだ。あぁ、マリュー達も何をするかわからないか」 だから、おとなしく面倒見させろ……とフラガも口にした。 「……わかりました……」 本当にいいのかどうかはわからないが、彼らがここまで言うのであればおとなしく言うことを聞いておいた方がいいだろう。そう判断してキラは頷く。 「と言うことで、行くか」 言葉とともに、フラガがキラの体を抱え上げた。 「あ、あの……」 「お姫様はおとなしくだっこされていなさい」 くくっと笑いながら、フラガがこう言えば、 「その方がアスラン達の怒りを買いそうだがな……」 今まで黙って彼らの話を聞いていたクルーゼがこう口を挟んでくる。 「疲れさせるよりマシだろう?」 それにいつものことだったしな……と付け加えるフラガに、クルーゼだけではなくマードックまで苦笑を浮かべていた。 X―105・ストライク あの戦いの中では、ザフトに一番恐れられた機体は、静かに眠っていたはずだった。だが、今は多くのものがその周囲に集まっている。 「……マジ?」 それを認めたキラの顔がこわばったのを、フラガは見逃さない。 「まぁ、こうなるだろうとは思っていたが……少し多すぎるな」 クルーゼも目の前の光景にかすかに眉をひそめている。 「顔を知らぬ者も数名いる。これでは、万が一という可能性を否定できなくなるか」 ふむ……とクルーゼは何かを考え込むような表情を作った。 「マードック」 「はい?」 不意に声をかけられて、マードックが反射的に姿勢を正す。 「家の隊のもの以外は今は遠慮してもらえ。文句があるものは私に言いに来るように、と」 その言葉に、マードックはすぐに行動を開始した。 「あの……僕、大丈夫ですから……」 フラガに半ば抱き込まれるようにしていたキラが、クルーゼに向かってこう言う。 「いや。先ほどの一件があったばかりだ。私たちが顔を知らぬ者があちらの手の元だという可能性は否定できない。私に直接文句を言いに来れるものなら、それなりの立場のものだからな。気にすることはない」 君の安全を守ると約束したし……と言うクルーゼにキラは困ったように視線を揺らす。 「いいから。お前は自分がそれだけ重要人物なんだ、と自覚を持ってくれ、頼むから」 もしもストライクごと誰かに拉致されたら、間違いなくまた戦争になるぞ……とフラガは付け加える。 「僕一人で……」 「戦局が変わっただろう? 俺たちが終戦まで生き延びられたのは、間違いなくお前の力だ」 だから、それを再びあてにしている馬鹿がいてもおかしくはない……とフラガはキラに言い聞かせる。 「……それに、あくまでも噂だが……終戦直前に、AIで制御されているGが開発されつつあるって言う話も耳にしていたからな。お前がそれのOSを書いて、なおかつストライクの戦闘データーを入力されたら、かなりまずい……」 まともに戦えるものがどれだけいるか……というフラガの言葉がなくても、キラにもそれがどれだけ厄介なのかわかってしまった。AIであれば、キラが持っていたような『相手を殺す』ことに対するためらいを持たないだろうとも。 「……気をつけます……」 キラは小さな声でこう告げる。 「いい子だな。まぁ、お前が出かけるときは誰か側に付いているようにするがな」 好きに出歩いていいんだぞ、とフラガは付け加えた。それにキラは頷くことが出来ない。 「出歩くと言っても……まだ、よくわかりませんから」 どこに何があるのか、とキラは苦笑を向けた。 「そりゃ、そうか」 まぁ、落ち着いたら案内してやるよ、とフラガが言ったとき、マードック達の方も結論が出たようだった。 「いいですぜ」 そう言いながら、マードックが手招きをする。キラは確認を求めるようにフラガを見上げた。彼が頷くのを見てから、その腕から逃げ出す。 「……ふむ……まだ精神的に不安定なようだな。無理もないのだろうが。しかし、自分の立場を理解できないとは……」 フラガの隣に歩み寄ってきたクルーゼが呟く。 「前者はともかく、後者に関しては初めてあったときからだ。自分が特別だという自覚がないんだよ、あいつは」 それだから、ナチュラルを差別するような態度を見せなかったのだろうとフラガは口にする。 「そうか。頭が痛いことだな、お前達も」 「いいんだよ。そうしても足りないくらい、俺たちはあいつに借りがあるんだ」 一生かけても返しきれないかもな……と言う言葉は間違いなく彼らの共通した認識だ。 「ふむ……なるほどな」 だが、それも納得できるか……とクルーゼは口にする。自分のことよりも他人のことを優先する『キラ』ならば、と。 「もうあの手を血で染めさせないためなら、何でもするさ」 そう告げたフラガの目の前で、ストライクが三年ぶりに息を吹き返す。その鮮やかな色に、誰もが息を飲んだ…… |