「……遺伝子の伝達異常……か……」
 ニコルの言葉を聞いたイザークがため息とともに吐き出す。
「アスランが過敏になるわけだよな」
 親友だと思っていた相手が実は『女性』だというのであれば。しかもそれ以外にもあれこれ気にかかることがある以上、近づく相手を選別したとしても仕方がないのか……とディアッカが付け加える。
「性格に難はあっても、ニコルはある意味安全パイか」
 アスランを慕っているのと同じ程度、ラクスに逆らえないのだから……と口にした瞬間、ディアッカの後頭部にニコルの拳が飛んだのは言うまでもないだろう。
「で? 本人の方は?」
 そっちの方が重要だろうとイザークはニコルに次の言葉を促す。
「……無理もないのでしょうが……まだ、戦争から離れられないようですよ。キラさんの時間は、あの時点で止まっていたわけですから」
 平和が実感できていないのだ、とニコルはため息とともに呟く。
「まぁ、今も厳密に言えば『平和』と言うわけではないのでしょうが……」
 それでも、表向きはコーディネイターとナチュラルの対立はなくなったのだから……とニコルは自分に言い聞かせるような口調で告げた。
「だが、俺たちにはその『平和』を守る義務がある。例え、それが偽りであったとしてもな」
 少なくとも、生まれてくる子供達にとってはその偽りすら『真実』なのだから……とイザークが口にする。
「そう言えば、お前の所にいる元足つきの乗員に、もうじき子供が生まれるんだったっけ」
 ディアッカの言葉にイザークが頷けば、
「奥方の方に会いましたよ、キラさんのところで。後一月ぐらいだそうです」
 とニコルが補足をした。
「キラさんに見せたいんだそうです。新しい『第一世代』の子供を」
 そうすれば、戦争が終わったのだと、あの人のことを皆が許しているのだと実感できるのではないか……とナタルが微笑みながら教えてくれたのだ、とニコルは二人に伝える。
「それだけ、あいつは傷ついている……と言うことか」
 それも無理はないのか、と誰もが思う。
 第一世代には大切だと思える相手がコーディネイターとナチュラル双方にいてもおかしくはない。そのどちらかを選ばなければならなかった……と言うことはもう片方を切り捨てなければならないと言うことと同意語だろう。そして、戦う力を持たない者たちを選ばざるを得なかったキラが切り捨てたのは、ただ一人の『親友』で、その相手と実際に戦っていたのだとしたら……
 しかも、守ろうとした相手にその存在を否定されていたのだとしたら……
「傷ついてもしょうがねぇよな」
 そして、そのままで時間を止められたのだ。
「そう言えば、アスランは?」
 この場に足りない存在をようやく思い出した……というようにディアッカが口にする。
「……なんか、出がけに厄介な情報が飛び込んできたとかで……情報局の方へ……フラガさんもご一緒だそうです」
 その瞬間、イザークとディアッカの瞳が同時に細められた。
「じゃ、あいつは一人なのか?」
 それこそ危ないのでは……とイザークが付け加える。
「いえ。今日はラクスさんとご一緒なはずです」
 だから、大丈夫なのでは……とニコルは微笑む。
「ラクス嬢か……なら、大丈夫か……」
 ザフトの歌姫、と言う立場は伊達ではない。彼女の側には常に複数の護衛がつけられているはずだ。それはラミアスのように表立って側にいるものだけではなく、密かに付いている者も含まれる。
 あるいは、この本部内にいるよりもある意味、安全だと言ってもいいのかもしれない、とイザーク達は判断をした。
「ご本人が大丈夫か……と言われたら疑問ですけどね」
 そんな彼らの耳に、笑いを含んだニコルの言葉が届く。
「どういう意味だ?」
「今日はキラさんの日常用品をそろえるのが目的だそうですから……女性の買い物が大変だ、というのはご存じでしょう?」
 キラはまだ自分が『女性』と言う認識がないのだし、とニコルが苦笑混じりにディアッカの問いに答える。
「確かに……そりゃ、大変だ」
 女性の買い物は二時間や三時間で終わるはずがない。それに付き合わされることを考えれば、絶対戦場にいる方が楽だ……と思う者が多いのではないだろうか。
「その後で、こちらに顔を出すようなことを言っていましたが……」
 思い出したようにニコルが付け加えれば、二人の瞳が興味で輝き出す。
「でも、隊長がお話しをされたいそうですから……お二人に顔を合わせる暇があるか」
 アスランとラクスのガードは堅いぞ、とニコルが微笑む。
「だったら、言うなよ……」
 期待するだけ無駄だったじゃないか……とイザークがニコルを睨み付けた。
「……お前、実は煮詰まっているのか?」
 アスランとラクスの意識がキラに向けられているから……とディアッカが問いかける。
「まさか。僕もあの人を守ってあげたいだけです」
 にっこりと微笑みながらニコルは口を開いた。
「アスラン達がかまいたくなるのがわかるくらい、素直で可愛らしい方ですから。あの人が戦わなければならなかった……というのが本当に痛ましく思えるくらいに」
 だから、再び望まない戦いに巻き込まれないようにしてあげたいのだ、とニコルは付け加える。
「もちろん、その原因がザフトの中にあったとしても、です」
 ふわっとした微笑みなのに妙なプレッシャーを感じてしまうのはイザーク達の気のせいではないだろう。
「まぁ……あいつが『女』だと言うのなら、MSに乗れなんて言えないからな」
「OSの方は手をかけて貰いたいって言うのは事実だけどさ」
 もっとも、キラの実力は惜しいというのは事実だが……と二人は心の中だけで呟く。だが、それを目の前の相手に知られたら、どんな目に遭わされるかわからないというのもまた事実。
「……ともかく、協力できることは協力してやる。あいつが再び敵になることを考えれば、その方がましだからな」
 そうなれば、ナチュラル達の中からも相手に同調する者が出てくるかもしれない。もしそうなれば、間違いなく再び戦争になってしまうだろう。イザークはそう告げた。
「結局は、あいつが全ての鍵……というわけだ」
 ディアッカが頷きながら言葉を口にする。
「キラさん自身はあれほど戦いを厭うっていらっしゃいますのにね」
 ニコルのため息が、二人の耳を打った。