「……キラ?」
 ようやく辿り着いたアスランが、目の前のキラの姿に目を丸くしていた。
「お似合いになりますでしょう?」
 ラクスがそんなキラの肩越しにアスランを見つめながら微笑む。
「えぇ……とても……」
 アスランの口から何のためらいもなくこんな言葉が滑り出した。
「アスラン!」
 出来れば否定して欲しかった……とキラは恨めしそうな視線をアスランへと向ける。
「……仕方がないだろう、キラ……似合うのは事実なんだから……」
 ぼそぼそっとアスランがこう言い返した。
「そうですね。本当にお似合いですが……キラさんって、男の方だったんじゃ……」
 アスランの背後からキラにとっては聞き覚えのない声が響いてくる。その瞬間、キラの体がこわばった。
「ニコル。いらしていたのはいいですが……キラ様を驚かさないでくださいませ」
 キラの体を自分の方へと引き寄せながら、ラクスが言葉を口にした。その瞬間、キラは自分と彼女の間にあった――と言っても、元々そんなになかったのだが――体格差がなくなっていることに気づく。
「すみません。隊長のご命令で……と言うことで、アスランに無理を言って連れてきて頂いたんです」
 ふんわりとした微笑みを浮かべながら、ニコルが言葉を口にした。
「アスラン達の隊が出ているときは、僕がキラさんの護衛をすることになりそうなので」
 顔合わせだけでもしておいた方がいいかと……と付け加えるニコルの言葉に、キラが不安そうなまなざしを作った。
「……護衛……ですか……」
 自分にそんなものが必要なのか、と言うキラの思いがその言葉の裏には隠れている。
「あぁ、そんなに難しく考えないでください。キラさんの知識を欲しがっている方々はザフトだけではない……と言うだけです。あちらこちらからこちらに照会が来ているのですが、まだご無理でしょう?」
 中には過激な連中もいるのだ……とニコルは苦笑を滲ませた。
「ここは一応、ザフト関係者のみの居住地ですが……籠もってばかりいると気が滅入るでしょうし」
 そう言うときには、おつき合いしますから……と、ニコルが微笑む。
「あら。それなら安心ですわね」
 キラを安心させるかのようにラクスが言葉を口にした。
「ニコルはそう見えてもお強いですのよ。ねぇ、アスラン?」
「あぁ……ニコルは……ブリッツのパイロットだ」
 告げていいものか悩みつつ、それでもキラには一番わかりやすいであろう説明をアスランは口にする。
「……そう……なんですか?」
 そんな人がどうして……とキラは思う。自分は憎まれて当然だろうとも。
「えぇ。あの頃は何が起こっても不思議ではありませんでしたし……キラさんが戦ってきた理由は十分納得できるものですから……マードックさんはいい方ですし」
 それに、3年も経っているのだから……とニコルはキラに直接微笑みかけた。
「……すみません……まだ、実感がなくて……」
 思考がまだ戦争中で止まっているのだ、とキラは目を伏せる。
「ですから、一緒にお出かけしましょう。アスランやラクスさんのご都合がよければみんなで。そうすれば、実感して頂けるのではないですか?」
 ね、とキラの顔を覗き込むようにしながらニコルが問いかけてきた。それに、キラは反射的に頷いてしまう。
「こらこら……いつまで立ったままで話をしているんだ? キラはまだ体力が戻っていないんだ。座らせてやってくれって」
 そんな彼らの背に、フラガの苦笑混じりの声が飛んできた。
「女性陣二人がお茶の支度をしていることだしさ」
 ゆっくりと話をするならその方がいいだろう、と口にしながら、フラガはキラの肩に手を置く。
「味の方は……保証しない方が良さそうだけど、な」
 これは内緒だぞ……と付け加える彼に、その場にいた誰もが苦笑を浮かべてしまう。
「ラミアスさんはおいしいお茶を淹れてくださいますわ」
 大丈夫ですわよ、とラクスが微笑みながら告げる。
「……ともかく、キラにはしばらくゆっくりとして、自分のことだけを考えて貰おうね。それが許される状況なんだから」
 他のことはそれからでもいいよ、とアスランが微笑む。
「でも……」
「いいんだよ、キラ。他のことは俺たちに任せておいて」
「だな。大人に任せておけって」
 お前はまだオコサマなんだから……というフラガの言葉に、キラはむっとした表情を作る。
「だから、そう言うところがオコサマなんだって」
 大人なら、そのくらい笑って受け流せ……というフラガをキラはさらに恨めしそうに見上げた。
「そんなこと言われても……」
 自分のことだけを考える方法を忘れてしまった……とキラは小さな声で付け加える。
「それも、これからゆっくりと思い出されればいいですわ。そのお手伝いぐらいなら、私たちにも出来ますもの」
 落ち込みかけたキラに、ラクスが微笑みかけた。
「ニコルも、そのために来てくださったんですものね?」
 そう口にする彼女の言葉に、何やら含まれているものが感じられる。だが、キラはそれに気づかなかったらしい。
「……すみません……」
「こらこら。キラ、謝る必要なんてないんだよ。クルーゼ隊長の指示なんだって言ってたし、ニコルはラクスにいいところを見せたいんだし」
 アスランが何気なく付け加えた言葉に、キラは不思議そうな表情を作る。
「アスランとラクスは……婚約者同士なんだよね?」
 それなのにいいのか、とキラはアスランに問いかけた。
「親同士が決めた……ね。まぁ、それについては俺たちの間で話が付いているからいいんだよ」
 キラが落ち着いたら、ゆっくりと話してあげるから……と言うアスランに、キラは小さく頷くしかできなかった。
「と言うわけで、その前のことからだな」
 女性陣がにらんでいるしさ……とフラガがキラ達を促す。
「そうですわよ、キラ様」
 まずは明日の予定をお話ししましょう……と言うラクスの言葉を合図に、その場にいた者たちが一斉に動き始めた。