「……あの……」
 自分の目の前に広げられている色とりどりの服を見ながら、キラは困ったような表情を作っていた。
「キラ様。とりあえず着てみてくださいな」
 ね、とラクスに言われてもキラはすぐに頷くことが出来ない。思わず助けを求めるかのようにフラガへと視線を向ける。
「……諦めろ……」
 そんなキラに、フラガは一言適切なアドバイスをくれた。
「そんな……」
「こっちの方が違和感が少ないのではありませんか? さすがに最初からドレスというのは敷居が高いでしょう」
 大きくなってきたおなかをゆったりとしたワンピースで包んだナタルが、一つの服を取り上げながらラクス達に問いかける。
「そうですわね。最初はパンツスーツからの方がキラ様の負担が少ないですわよね」
「女性用の服に慣れるのが目的……と言うことにしましょう」
 二人が納得した様子を見て、キラはほんの少しだけナタルに感謝の念を覚えてしまう。
「……しかし、君が女性だったとはな……そのうち、男性陣が騒ぎ出して大変か……その前にフラガ氏の監視をしっかりとして頂かないといけないのではないかと……」
 だが、それもこの台詞であっさりと打ち消される。
「大丈夫でしょう。そんなことはしないわよね?」
「まさか、無理強いなんてされませんでしょう?」
 にっこりと微笑みながら、二人がフラガへと視線を向けた。つられるようにキラもまた彼へと視線を向ける。
「……他の二人はともかく、お前にまでそう言われるとは思わなかったよな、マリュー……」
 決まった相手がいるのに、誰彼手を出すか! とフラガは力一杯主張をした。
「第一、カガリ嬢ちゃんにまで殺されたくない、俺は」
 キラに無体なことをしたら、アスランやラクスだけではなく彼女にまで恨まれる……とフラガは苦笑混じりに付け加える。
「……彼だけではないと思いますが?」
 他の者たちからも恨まれるだろうと、ナタルがキラも聞き覚えのある口調で指摘をした。
「あの人も、そんなことになったら貴方を殴りに来るそうですから」
 にっこりと微笑みながらナタルが口にしたのは、もちろんノイマンのことだろう。彼がそんなことをするのだろうか、とキラは考え込んでしまう。
「と言うわけで、みんなに愛されてるよな」
 良かったな、といいながら、フラガは疲れたような表情でキラの肩を叩く。
「……ご愁傷様です」
 それ以外の言葉をキラは見つけられない。
「お前さんだけは、例え『女』になっても、あんな連中の仲間入りだけはしないでくれよ」
 しみじみとした口調でフラガがこう言ってきた。
「……それって、どういう意味なのでしょうか、フラガ様?」
「じっくりと聞かせて貰った方がいいわね」
 にっこりと笑いながら、ラクスとラミアスの二人がフラガへと詰め寄っていく。
「あ、あの……」
 そのまま問いつめられているフラガを助け出そうかとキラは言葉を口にしようとした。しかし、何を言えばいいのかわからない。
「キラ君、口を挟まない方がいいぞ。それよりも、とりあえず、これにでも着替えてきた方が、二人の機嫌を直すのにいいと思うんだが」
 少なくとも、二人の意識が彼から離れるのは間違いないぞ……と言うナタルの言葉は、キラに複雑な思いを抱かせながらも納得できるものだった。
「……とりあえず……着替えてきます……」
 とは言っても、と複雑なまなざしでキラはナタルの手から服を受け取る。せめて、この襟元のレースと胸元のフリルがなければ……と思うのだが、それを言っても仕方がないだろう。ラクスとラミアスが用意したと思われる服は、みんなこんな装飾が付いているのだから。
「もしわからないときは遠慮なく呼びなさい」
 その言葉に頷くと、キラは隣の部屋へと移動していく。そんなキラをラクス達の声が追いかけてくる。いや、それだけではない。フラガのどこか情けないと思える声もまたキラの耳に届いていた。
 それもまたあの頃とは違うとキラに認識させるものだ。
 だが、同時に日常というものを感じさせてくれて、ほっと出来るというのもまた事実。
 戦争がなければ出逢わなかったはずの彼ら。
 だが、戦争がなければ、こんな風に過ごせたのではないかという思いがキラの中にはある。
「……僕は、こんな時間が欲しかったのかな……」
 穏やかで温かい時間。
 大切な人たちと過ごせる安心できる空間。
 それがずっと自分の側にあってくれればいいとキラは願う。
 ある意味、これも『予感』といえるものだったのだろうか……