数日後、キラは退院することになる。
 もちろん、体の方のことでは通院をしなければならないのだが、それでも病室から出られた……という事実がキラの心を少しだけだが明るくしてくれる。
「坊主……じゃなかったな、悪い。ともかく、迎えに来たぞ」
 そんなキラをフラガが出迎えてくれた。
「……お仕事の方、いいんですか?」
 彼を見た瞬間、思わずキラの口から出たのは、こんなセリフだった。
「こらこら……そんなこと心配しなくていいの。上官がいいって言ったんだから」
 その上官というのがアスランだと言うことはキラも知っている。しかし、そんな私的なことを部下に頼んでいいのか、とも思う。
「一人で大丈夫なのに……」
 ぼそっとキラが呟けば、
「そう言うなって。みんな、お前を心配しているんだから」
 と、フラガは笑い声を立てる。
「それに、お前を一人でほっぽり出せるわけないだろう? 右も左もわからないんだから」
 絶対迷子になるに決まっている、と言うフラガの言葉にキラは言い返せなかった。考えてみれば、アークエンジェルの中で何度か迷子になった挙句、彼らに見つけて貰った覚えがあるのだ。
「まぁ、俺たちの安心のために、おとなしく出迎えられろって」
 こう言いながら、フラガがキラの肩に手を置く。そして、そのまま歩き出した。それにうながされるようにキラもまた彼の隣を歩いていく。それはあの頃もよくした行動だ。
 場所は違うが、こんな風に代わらない行動を取ってくれることが嬉しいとキラは思ってしまう。
「……どこに行くのですか?」
 病院の前に止めてあったエレカに乗り込みながら、キラはフラガに問いかける。
「ん〜……とりあえず、俺たちの家かな? 喜べ。マリューとお姫さんがあれこれ用意していたからな」
 しかも、女物を……とフラガが付け加えた瞬間、キラは複雑な表情を作った。それを見て、フラガは微苦笑を浮かべる。
「諦めろ。どうやらマリューは妹が欲しかったようだし……お前の場合、十分『美少女』で通用するからな」
 それに、格好から入ってみるのも一種の手段だろう……とフラガは付け加えた。
「……でも……」
「まぁ、今まで『男』だと思っていたのに、いきなり『女』だと言われてすぐに納得できないって言うのもわかるけどな。だが、諦めるのも一つの方法だぞ」
 別の人生って言う奴もあり得るわけだし……と言ってくれるのもフラガの好意なのだろう。それはキラにもわかっている。だが……と結局思考が堂々巡りをしているのもまた事実なのだ。
「まぁ、ゆっくり考えるんだな。俺は……俺たちはお前がお前であればどっちでもいいんだし」
 その間ぐらい、待ってやれるさ……とフラガは笑う。そして、その表情のままエレカを発進させる。
「……すみません……」
「だから、すぐに謝るなって。幸か不幸か、俺はお前よりも一回り長く生きているんだし……いろいろと経験しているしな」
 まぁ、ため込む前に相談ぐらいしろよ、と言うフラガに、
「それ、クルーゼ隊長さんにも言われました……」
 キラが言葉を返す。
「あいつが? そりゃ、よっぽど気に入ったんだな、お前のことが」
 まぁ、いいことなんだろうが……と告げるフラガの表情は複雑なものだった。
「……フラガ、さんは……クルーゼ隊長さんが嫌いなんですか?」
 彼の方はそうではなかったが……と思いながらキラは彼に問いかける。
「嫌いって言うわけじゃないが……複雑なんだよ、いろいろとな」
 まぁ、これからは二人の関係も少しずつ代わっていくんだろうが……とフラガはキラに言葉を返してきた。
「変わらないものなんて、何にもないのかもしれないな」
 人の心も、世の中も……というフラガの言葉はキラにも納得できる。
「でも……だから、変わらないものが欲しいと思ってしまうのは……わがままなのでしょうか……」
 キラが小さな声で呟く。
「いや、それも当然の思いだろうさ」
 そして、それを求める気持ちもな……とフラガは口にする。
「そう……ですよね」
 だが、それをアスランに求めることはもうできないのではないか……とキラは思う。
 彼が好きだという思いは今でも変わらない。  だが、彼の方がどうなのか……と言えばキラには自信がなかった。
 キラがキラであればいいとアスランは言ってくれた。
 だが、自分はこれから大きく変わっていくだろう。
 そうなっても彼は同じ言葉を返してくれるだろうか。
 フラガとクルーゼとの関係のように、自分たちのそれも変わっていくのかもしれない。
 それが当然なのだろうが……
「……僕は、君に『不変』を求めちゃダメなのかな……」
 キラが呟いた言葉は、風にかき消されてしまった。