「少佐! 一体どこに……」
 事情を知らされないまま強引に連れ出されたせいだろう。キラは不安を隠せないという表情を作っている。それでもおとなしくフラガの後を着いてくるのは彼を信頼しているからだろうか。
「悪い、坊主……見つかるとちょっとやばいんだ。少し黙っててくれ」
 そんなキラに、フラガはこう言葉をかける。
「……少佐?」
 この言葉がますますキラに不安を与えたらしい。彼の大きな瞳が揺れている。
「何があったのか、教えてください。それまで動きません、僕は!」
 それでもフラガの腕を振り払うとキラはこう叫んだ。
「キラ!」
 彼にしてみれば訳がわからないのはいやなのだろう。その気持ちはわかる。わかるが、余裕がないときにはきついと思ってしまっても無理はない。
 しかし、外見とは裏腹にかなり強情な性格をしているキラは、フラガが理由を教えなければここから動こうとはしないだろう。
「このままだとお前は味方のはずの連合軍に殺される……そんなこと、俺たちが認められると思うか!」
 事情を知っているのは一部の者たちだけ。だが、他の者にしても同じ結論を出すに決まっている――その中にはフレイも含まれていた――だからこそ、フラガはこうしてキラを連れ出すことが出来たのだ。
「……僕に、逃げろっておっしゃるのですか?」
 これから最終決戦が行われるであろうことはキラも気づいているらしい。それでなくても、彼は仲間達を『守る』ために戦ってきたのだ。今更安全なところへ行けと言われても頷けるわけがない。
「違うな……俺たちのために生きてくれ……と言っているのさ」
 そうすれば、意地でも俺たちは生き抜くから、とフラガは口にする。
 自分のためではなくフラガ達のために、と言われればキラが逆らえないだろうと考えてのことだ。
「……少佐達のために?」
 フラガの想像通り、キラはかすかに態度を和らげる。
「そうだ。今から俺が坊主に押しつけることは、坊主を助けるって言うのは本当だ。同時に、恨まれるかもしれないがな」
 この言葉に、意味がわからないという表情を作った。
「詳しいことは目的地に着いてからだ」
 行くぞ、と言いながらフラガはキラの腕を掴む。そのまま動き出せば、キラは素直に着いてくる。
 その事実にほっと安堵のため息を漏らすとフラガは歩を早めた。
 複雑な経路をたどって彼らが辿り着いたのは、もうほとんど覚えている者はいないだろう部屋だった。
「……ここ、は?」
 その場の雰囲気に気圧されたのか。キラは小さく言葉を震えさせていた。
「外宇宙に出るための実験を行っていた施設だ。もっとも、戦争が始まってからは放置されているようだけどな」
 そう言いながら、フラガは平然とドアの脇に設置された端末へと歩み寄っていく。そして、自分のIDを読み込ませた。次の瞬間、かすかなきしみとともにドアが開く。
「坊主。別段、幽霊も何も出てこないから」
 早く来い、とフラガが促せば、キラは素直に近づいてきた。その瞬間、キラの瞳にまるでガラスで出来た棺桶のような物が映る。
「さすがに何十年もかかるような航海に、そのまま人を乗せていると物資が足りなくなるってんで開発されたのがあれだ」
 言葉を口にしながら、フラガはそれの場所までキラを連れていく。
「コールド・スリープ装置って言う奴だ」
「……実用化されているのですか?」
 存在だけは知っていたのだろう。キラが目を丸くしながら問いかけてきた。
「……実験ではとりあえず成功している。まだ量産までは行っていなかったようだがな」
 そう言いながら、フラガはその装置のスイッチを入れる。
「……どうやら使えるな……」
 ここまでされれば、キラにもだいたいのことがわかったらしい。
「少佐、まさか……」
「悪いな、坊主。俺たちにはここにお前を隠す以外の方法が見つからなかったんだよ。だから言っただろう。恨まれるかもしれないと」
 次に目ざめるときには、全てが終わっているだろうから、とフラガは付け加える。
「だがな。お前が目ざめるその時に迎えに来てやらなければ……と思えば、俺たちは何があっても生きていける。それは間違いがないことだ」
 頼む、とフラガはキラの瞳を覗き込みながら、付け加えた。
「……本当に、起こしに来てくれますか?」
 しばらくのためらいの後、キラは小さく問いかけの言葉を口にする。
「もちろんだ」
 キラが自分のためにではなくフラガ達のために彼の提案を飲み込むことにしたのだ……とその表情から伝わってきた。
「だから、安心しろ。お前がここにいるってだけで、俺たちはいいんだから」
 フラガはいつものようにキラの頭に手を置く。そして、しばらく触れられない柔らかな髪の毛を遠慮なくなで回した。

 キラ・ヤマト少尉。
 MIA認定……
 アークエンジェルからその報告が本部に届いた数時間後、連合はザフト――プラントへと全面降伏を申し入れた……