『アスランの気持ちを疑うことだけはしない方がいいのではないのかな』 キラの今の心情を静かに聞いていたクルーゼが残していったのがこんなセリフだった。 『少なくとも、君を守りたい……と思っていたのは間違いのない話だ』 あの戦いの最中ではかなわなかったそれも、今の彼なら可能だろう。そして、あの時出来なかったからこそその思いは強まっているのだ、とも。 「……でも……」 そんな立場を与えられていいのだろうか……とキラは思う。 自分が『男』だと言う意識がそうそう簡単に捨てられるとは考えられない。それ以上に、アスランとは対等でいたいという思いもある。 「昔は……何でも一緒だったのにね……」 だが、今は『三年』と言う年月の差が二人の上に存在していた。そして、さらに性別の差が襲いかかってくるだろう。アスランの性格が自分が覚えているままであれば、『女』となれば、決して対等には扱ってくれないような気がする……とキラは思う。 「今は……なんか、君が遠く感じるよ……」 ザフトと連合に別れて戦っていたときよりも……と小さな声で付け加える。 アスランも同じ思いなのだろうか。それとも、彼はこの距離を感じていないのか……とキラが思ったときだった。 「キラ様。失礼してよろしいですか?」 入口からラクスの声が響いてきた。 「どうぞ」 千客万来だな、と思いながら、キラは視線を上げる。すると、今日は私服らしいワンピースを身にまとった彼女と、その斜め後ろにいるラミアスの姿が見える。 「ラクスだけじゃなく、ラミアス……さんまで? 何かあったのですか?」 思わずこう問いかければ、二人は口元に苦笑を浮かべてしまう。 「何かなくては来てはいけませんの?」 「今日はキラ君の顔を見に来ただけなの。誰かさんがうるさいから」 まるで父親よね、あれは……とラミアスが苦笑とともに告げたのが誰なのか、キラには十分わかってしまった。 「何か、用事があるって聞いたけど……何かあったのか、ご存じですか?」 そして、こう問いかける。 「あら……キラ様。そのようなこと、どなたからお聞きになりましたの?」 ラクスがキラの言葉に反応を返すように逆に聞き返してきた。その言葉の裏に潜んでいるものに、キラはまずかったのだろうか……と思う。 「さっき……クルーゼ隊長さんがいらしていて……」 いろいろと話をしたのだ、とキラは正直に口にした。 「あらあら……そうでしたの。なら、ご存じでも当然ですわ」 でも、クルーゼ隊長が一体何故……とラクスは首をひねっている。 「MSのOSのことで、っていらしたんだけど……結局は別の話になったような気がする」 自分のことばかり話をしてしまったような……と今更ながらにキラは気づいてしまった。 「キラ様の、お体のことですか?」 ラクスの言葉に、キラは小さく頷く。 「あの方も……キラ様とは反対のお立場でしたものね……」 その瞬間、ラミアスが複雑な表情を作った。 「いろいろとお聞きしたんだけど……やっぱり、どうしても納得できなくて……」 自分が女だと言うことを……と言う言葉はあえて口にしなくても二人にはわかったようだ。 「それは当然だと思うわ。だから、一人だけで悩まないでね」 愚痴ぐらいならいくらでも聞いて上げるから、とラミアスが微笑めば、 「私たちではお役に立てないかもしれませんが……お話しをされるだけでも気持ちが軽くなることがありますものね」 ラクスもキラを見つめるとこう言ってくる。 「で、キラ様……今は何を悩んでおられますの?」 教えてくださいます? と問いかけてくるラクスに促されるまま、キラは言葉を口にし始めた。 「……僕のことで……また、コーディネイターへの偏見が広まったらどうしようかとか……これからどうすればいいのか、とか……いろいろあるんだけど……一番怖いのは、アスランに対等でいられなくなることなのかもしれないなって……」 今だってそうだとは言いがたいんだけど……とキラは付け加える。 「大丈夫ですわ、キラ様。どう見ても、アスランの方がキラ様に依存しておりますもの」 おそらく、今、キラがアスランの側からいなくなればどうなるかわからないくらい、とラクスは微笑んだ。 「ですから、アスランに遠慮はいりませんのよ、キラ様。もちろん、私にもですわ」 キラの幸せこそが自分たちの願いなのだから……とラクスは優しい口調で告げる。 「それは私たちも同じだからね、キラ君。そのくらいで偏見を持つような相手は元アークエンジェルのメンバーにはいないし、第一、キラ君のような症例はナチュラルにだって見られたのだもの。誰もそのことでどうこうしないわ」 別の問題は出てくるかもしれないけど……とラミアスが今気がついたというように付け加えた。 「そうですわね……考えてみたら、その可能性がありますわね」 どうしましょうか……とラクスがラミアスを振り返る。 「あ、あの……二人とも……」 一体何を、とキラは口にした。だが、それは何かに燃えてしまったらしい二人の耳には届かない。 「……なんか……僕の悩みって、ラクス達の前ではどうでもいいことだったりする?」 キラのこの呟きも、当然のように二人にはしっかりと無視されてしまった…… |