さすがに疲れたのだろうか。キラがうとうとし始めたのを見て、フラガ達は病室を後にすることにした。ただ一人、ラクスだけが残っている。
「だって、キラ様が目を覚まされたとき、お一人では寂しいでしょう?」
 にっこりと微笑みながらラクスは言葉を口にし始めた。
「もうじき、アスランも戻ってまいりますし……しばらくは私一人でも大丈夫ですわ。それよりも、お二人はみなさまにキラ様が無事に目覚められたことをご連絡してくださいませ。自由に回線が使えるように手配しておきましたから」
 こうまで言われてしまっては、二人に意義を唱える隙はない。
「わかりました……坊主のことをお願いいたします」
「何かあったらすぐに連絡をくださいね」
 二人は心残りだという表情を隠すことなく、病室を後にしていった。
「あの方々にはお二人だけの時間が必要でしょう……ね、キラ様」
 穏やかな寝息を立てているキラに、ラクスは微笑みかける。
「お二人の結婚式、早く拝見したいですし」
 ラミアスとは不幸な出会い方をしたというのは事実だ。だが、あの日々の中でも彼女とフラガが少しでも自分が居心地がいいように過ごせるように心を砕いていたことをラクスは知っていた。そして、それ以上に大きかったのはキラの存在だったのは言うまでもないだろう。
「キラ様の幸せ……とは何なのでしょうね」
 少なくとも、あの頃は友人達を守ることだったはず。いや、それがキラの幸せかと言えば違うだろうが……
 だが、その必要がなくなった今、ようやくキラは自分の望みを口に出来るようになったのだ、とラクスは思っている。
 そして、キラが望むなら――彼の死という選択肢を覗いて――実現できるよう、自分は努力するだろうとも。いや、自分だけではない。アスランが無条件でキラのために動くことは分かり切っていた。
 お互いよりも《キラ》の方が大切。
 そう言う絆で繋がっている関係……というのが、今の自分とアスランなのだとラクスは自覚している。そして、そんな関係に不満がない。
「目が覚めたら、ゆっくりとお話ししましょう、キラ様」
 それまで、こうしているから……と付け加えながら、ラクスはキラの髪に触れる。そして、その髪をそっとすきながら静かな声で彼女は歌を口ずさむ。それは優しい子守歌だった。

 キラへの検査は毎日のように行われていた。それは、ある意味執拗とも言えるもので、さすがのキラもそろそろうんざりしているらしいと言うことがその表情から伝わってくる。
 アスランやラクスににしても、これほどまでに繰り返される検査の理由がわからない。
 いい加減、それをキラを担当している医師に問いかけようかとした日のことだった。彼の方から二人に対して呼び出しがかかる。
「……キラに何かあったのでしょうか……」
 本来であればフラガやラミアスが呼び出されるべきなのではないか、と思いつつ、アスランは彼に問いかけた。
「いえ。ご心配なさっているようなコールドスリープでの影響はありません。もっと根本的なことで、ちょっと気になることがありましたので……」
 お二人に来て頂いたのだ……と彼は口にする。
「根本的なことですか?」
 いったい何のことだろうと、アスランは聞き返す。
「えぇ……キラ君の遺伝子を確認したのですが……キラ君の染色体がXXだったのです」
 その言葉の意味を、二人ともすぐに理解することが出来なかった。いや、理解したくなかったと言うべきか……
「ですが……キラの裸を何度も見たことがありますが、間違いなく『男』でしたよ、彼は……」
 ようやくアスランがこう口にする。
「キラ君の外見は確かに男性のものですが……彼の体内には女性としての機能があります。おそらく、遺伝子のデーターが性分化の時に上手く伝わらなかったものと推測されます。第一世代にはよく見られる症例でもあるのですが……」
 コーディネイターとナチュラルの対立のせいで、今まで見過ごされてきたのだろう、と医師は付け加える。
「それほどよくある話なのですか?」
 アスランに代わってラクスが医師に問いかけた。
「えぇ。どうしても第一世代は遺伝子的に不安定ですから……でも、キラ君のように十代後半になってから見つかる事例は珍しいと言えば珍しいのですが。あぁ、確かクルーゼ隊長もそうだったはずですよ」
 彼がアスラン達を安心させるかのように口にした言葉は、逆に二人と驚かせるだけだった。
「クルーゼ隊長が……」
「存じ上げませんでしたわ」
 自分たちが知っている彼は、誰よりも男らしいと思う。だが、それが医師の言うとおり途中で自分の性が間違っていたと知らされたことによるものだとするのなら、どれだけ苦悩した結果なのだろうか。
「……しかし、キラに何と言えばいいんだ……」
 ただでさえ、三年間の空白や、連合の元軍人達に科せられた条件と言ったものを受け止めることに苦労しているというのに……とアスランは心の中で呟く。
「正直にお話するしかないのではありませんか?」
 ラクスがいつもの口調でこう言ってくる。
「ですが……今からでも、キラ様は赤ちゃんを産めるようになるのでしょうか?」
 その口調のまま医師にこう問いかける彼女に、アスランは思わず絶句してしまった。
「大丈夫だとは思いますが……ただ、適切な治療を行った場合の話ですが」
「このまま放置されますと、どうなりますの?」
「そうですね……このまま、ある意味男性とも女性ともつかない体格のまま、でしょうな。男性としての生殖能力は皆無なわけですし……」
 今後のことを考えれば、早めにそちらの治療を開始したい……と医師は続けた。
 それは、コーディネイターの未来を考えれば当然の考えであろう。
 キラの能力は第一世代はもちろん、第二世代である自分たちと比較しても優れているのだ。そのキラの遺伝子を持った子供であれば、間違いなく優秀な子供が生まれるに決まっている。
 だが、それがキラの幸せなのか……と言えばアスランは悩む。
 同時に、キラに事実を知らせず、一生一人で過ごさせていいものか――もちろん、自分はキラの側にいるつもりだが、それとこれとは話が違うだろう――とも思うのだ。
「キラ様が女性になられるのでしたら、私が面倒を見て差し上げた方がいいですわよね?」
 どんなお洋服が似合うでしょうか……と、既に別のことに思考が向いているラクスをアスランはほんの少しだけ恨めしく思う。
「……キラばかり、苦しむのは……どうしてなんだろうな」
 吐息とともに吐き出された言葉の答えを知るものは誰もいなかった。



キラだけではなくクルーゼさんまで(^_^;
やっちゃいましたねぇ……まぁ、いつかは使おうと思っていたネタだし……いいことにしておきます、はい。