小さな音を立てて、キラが眠っていたコールド・スリープ装置のカバーが開く。だからといって、キラがすぐに動き出すわけではない。これから覚醒までにまだ数時間必要なのだ、と言う言葉に、アスランは焦りを隠せない。
「……せめて、鼓動だけでも確認できれば……」
 もう少しは気分的に楽なのか……とアスランは心の中で付け加える。もっとも、それは他の者たちも同じだったらしい。フラガにいたってはキラに近寄りかけて、医師に制止されている。
「もう少し待ってください。一通りのチェックを終えてからなら許可を出しますから」
 とはいうものの、アスラン達の気持ちも理解できるのだろう。医師は作業を行いながらこう言ってきた。
「……仕方がないな……」
 自分に言い聞かせるようなフラガの声がアスランの耳にも届く。だが、その声にも焦燥の色が見え隠れしている。
「もうすぐですわ。ここまで待ったのだから、もう少しぐらい待ちましょう」
 ね、と告げるラクスの声が、それをなだめてくれた。彼女の声は不思議と人の心からマイナスの感情を打ち消してくれる。だから、彼女は『癒しの歌姫』と呼ばれているのだろう。
「そうよ。ドクターが確認をしてからの方が安心して触れられるでしょう?」
 フラガの腕に自分のそれも絡めながら、ラミアスもなだめるような口調で言葉を口にしている。
「……女性陣には……かなわないな」
 ここまでされては、さすがのフラガもこれ以上我を通すことが出来なくなったのだろう。ため息とともに言葉を口にしている。
「あなたもですわよ、アスラン」
 ラクスが視線を向けてきたかと思うと、アスランに向かってこういった。
「わかっていますよ、ラクス。キラは……今俺たちの手の届くところにいるのですから……」
 あの時のままの姿で……と付け加えながら、アスランはキラへと視線を向ける。
 ようやく体温が戻ってきた彼の肌には赤みが差していた。先ほどまでの作り物めいた彼の姿から、ようやく人間らしい姿へと戻ってきたとアスランには思える。
「病室の方へ運びますが……それまでの時間でしたらどうぞ。ただ、意識が戻るまでにはもう少し時間がかかるようですが……」
 とりあえずの所、異常は見られない……と付け加えながら、医師がキラから離れた。それを入れ替わるようにして、アスラン達がキラを取り囲む。
 誰もがキラに触れたいと思っているのはお互いの表情から伝わってきていた。だが、触れるのが怖いという思いもあるらしい。即座に手を伸ばすものは誰もいない。
 しかし、このままではキラが本当に生きているのかどうか確認する前に病室へ連れて行かれてしまう。そうなってから、彼に触れられる機会が与えられるかどうかわからない。そう判断して、アスランは――それでもどこかおそるおそるとした様子を隠せなかったが――キラへと手を伸ばした。
 まだかすかに冷たく感じられる頬から首筋へと指を滑らせれば、しっかりとした鼓動が指先に伝わってくる。
「……よかった……生きている……」
 それを感じた瞬間、アスランの瞳から涙が流れ出した。
 だが、それをとがめる者はこの場にはいない。他の者たちも同じように瞳を潤ませているのだ。
「ようやく……坊主の時間が戻ってきたな……」
 後は、それも守ってやるだけか……と口にしながらフラガもキラの頬へを手を添えている。
「だから、早くと目を覚ますのよ」
 ラミアスもまた優しい仕草でキラの髪を撫でていた。
「そうすれば、少なくともきれいだと思える世界があなたを待っているはずよ、キラ君」
 そして、平和だといえるであろう世界が……と彼女は付け加える。
 ラミアスの言葉通り、少なくともこのプラント本国だけは間違いなく『平和』だといえるだろう。外の世界ではまだ多少戦いは残っているが、それを知らせる必要はないはず。
「そうですわね。優しい世界を、キラ様にお見せしたいですわ」
 キラ様が守ろうとしていた方々の幸せな姿と一緒に……と、ラクスも微笑みとともにキラの手にそっと自分のそれを重ねた。
「もう、誰にもお前を傷つけさせないから……」
 そのためならなんでもできるだろう、とアスランは思う。キラが自分の側にいなかった――お互いが傷つけ合うような戦いの中での――時間に比べれば、と。
「だから、笑顔を見せてくれよ、キラ」
 それが一番見たかったんだ、とアスランは心の中で付け加えた。