アスラン達の対処が早かったからだろうか。
 それとも、相手側にそれだけの機動力がなかったからか。
 無事に《キラ》をプラントの医療施設へと運び込むことが出来た。それは、彼が目覚める三日前のことだ。
「……待っているだけ……というのは予想以上に長く感じるものだな」
 小さくため息を付きながら、フラガが呟く。
「それとも、期日が近いからか」
 待つだけという行為は今までと同じだったのに、と思いながら再びため息をついた。
 その時だった。
 入室を求める者がいると、端末が伝えていることに彼は気づく。
「誰だ?」
 ラミアスがここに辿り着くのは明日だったはず……と思いながらフラガは体を起こした。あるいは、こんな風に待つことに耐えられなくなったアスランが声をかけに来たのか、とも思う。
「はい?」
 とりあえず相手を確認しようと、端末を操作する。次の瞬間、モニターに映った顔を見たフラガは思い切り嫌そうな表情を作った。
『入れてくれない気か?』
 そう言いながら、口元に笑みを浮かべている相手は、フラガが出来れば会いたくないと思っていた相手だ。アスランの元に配属になって何が一番嬉しかったか……というと、目の前の相手の顔を四六時中見なくてすむ、と言う一点だったと言っていい。
「……お断りさせて頂きたいんですけどね……そうはいかないのでしょうな、クルーゼ隊長?」
 一応、相手は上司だ……とフラガは心の中で自分に言い聞かせる。
『相変わらずだな。何なら命令してもかまわないが?』
 そんなフラガの表情から彼が考えていることを読みとったのだろう。低い笑い声とともにクルーゼが言葉を口にする。
「そんなことをされなくても、開けますよ」
 開けたくないけどさ……と付け加えつつ、フラガはロックを外す。
「ずいぶんな態度だな。久々だろう? 実際に顔を見て話をするのは」
 当然のように室内に足を踏み入れたクルーゼは、そのまま何の断りもなくいすに腰を下ろした。
「お前のことだから、もっと早く呼び出しをかけられる……と思っていたんだけどな。わざわざおいでくださるとは思っても見ませんでしたよ」
 呼び出されるものだとばかり思っていた、と言外に付け加える。
「さすがに、他人の隊の者を勝手に呼び出すわけには行くまい。お互い、忙しかったようだしな」
 お前の場合は、裏であれこれ暗躍していたようだし……と付け加えられたのは《キラ》のことを隠していた事実に対するイヤミなのだろうか。
「別に。俺達は、あいつをもう誰にも利用させたくなかっただけだ」
 そして、ザフトが《キラ》をどうしたいのか、見極めるだけの時間が必要だっただけだ、とフラガは付け加える。
「なるほどな……」
 そう言うことか、と、クルーゼは口元に笑みを浮かべた。
「お前といい、アスランといい……ずいぶんと入れ込んでいるようだな」
 この言葉に、フラガは目を細める。
「何が言いたい?」
 相手の内心を探ろうとするかのように、フラガは慎重に言葉を選びつつ問いかけた。
「お前が心配しているようなことはない。ただ、彼が目覚めた後、どうするべきか……と思ったのだよ。アスランの隊に預けるか、それとも他の所か……お前だとて、あの少年がザフトと関わり合いのない生活を送れるとは思っていないだろう?」
 違うか、と問いかけられて、フラガは仕方がなく首を縦に振る。
「それは、な。彼にばらしたときから覚悟しているさ、俺は。まぁ、坊主には諦めて貰うしかないだろう。あの馬鹿共に利用されるよりはマシだろうし……」
 もっとも、キラを説得するのは大変そうだが……とフラガは心の中で付け加えた。
「……あちらが彼を利用しようとすると?」
「可能性はあるだろう。あいつらにとって、あくまでも坊主は道具だ。あの時点では都合が悪くなって捨てようとしたが、今なら十分利用価値がある。もっとも、あいつらにはその《道具》にも心があると理解できないから問題なんだが」
 それだから、彼を《キラ・ヤマト》個人としてみていた者は、彼を守るために行動したのだ、あの時。
 今もその気持ちには代わりがない。少なくとも、自分は。
「それがどうかしたのか?」
 そもそも、何故そのようなことを聞いてくるんだ、貴様は……とフラガは言外に叫ぶ。
「だから言っただろう? 彼が目覚めてからどうするか、決めるために一応、貴様の意見も聞いておこうと思っただけだ。すぐにどこかに配属、と言うわけにはいくまい。しばらく療養が必要なのはわかっている。その間、護衛が必要なら、手配をしておかなければならないだろうが」
 コーディネイターが彼らに取り込まれているとは思えないが……とクルーゼが口にする。
「ナチュラルなら可能性がある、か」
 苦笑とともにフラガはクルーゼが言いかけてやめた言葉を告げた。
「残念だがな。我々の処遇に未だ不満を抱いている者は少なからずいるようだ。お前達のようにあっさりと受け入れられる方が珍しい」
 協力的で有能な人材の確保が出来た、とクルーゼは笑う。
「なら、それこそ坊主に感謝するんだな。あいつのおかげで、俺たちに免疫が付いているだけだ」
 コーディネイターもナチュラルと変わらないのだと……とフラガは瞳にふっと優しい色を浮かべる。
「そうさせて貰おう」
 どうやら、聞きたいことは聞いた……という素振りでクルーゼは立ち上がった。そのまま来たときと同じようにフラガに遠慮することなくドアの方まで歩み寄る。
「……そうだ……言い忘れていたな」
 ドアを開こうと端末に手を伸ばしたところで、クルーゼはフラガを振り向いた。
「ようやく年貢を納めたようだな。一応、おめでとうと言っておこう」
 相手の女性の方が大変だろうが……とクルーゼは明るい口調で付け加える。それに、フラガは信じられないように目を丸くした。
「どうした?」
「お前から、んなセリフを聞く日が来るとは思わなかっただけだ」
 楽しそうな口調で聞き返してくるクルーゼに、フラガは素直に本音を口にする。
「私だとて、あの頃のままではないと言うことだ」
 言葉とともに、今度こそ、クルーゼはドアを開く。
「そうだな……次は彼が目覚めるときに顔を合わせることになるか。その時までにあれこれ準備を整えておこう。少なくとも、お前の信頼を裏切らない程度にはな」
 そして、こう言い残すとクルーゼはドアの向こうへと消えた。
「……あいつも、変わった……と言うべきなのか……それとも、何か裏があるのか」
 クルーゼの姿が消えたドアを睨み付けながら、フラガは呟く。だが、衝撃の方が大きすぎたせいか、答えは出そうになかった。