どうやら、襲ってきた連中は《キラ》に関する情報を入手したわけではなく、単に物資が不足したために切羽詰まっての行為だったらしい。
「……ただの海賊だな、お前らの行為は」
 拘束された者たちに向かって、あきれたように兵士達が声をかけている。それを横目に、フラガは早々に控え室へと滑り込んだ。
「さすがに目の当たりにすると辛いですか?」
 そんな彼の耳に、アスランの問いかけが飛んでくる。
「否定はしませんよ」
 さすがにあそこまで落ちぶれたのか、と思うと涙が出てくる……とフラガは心の中で付け加えた。
「……まぁ、命まで取ることはしませんから」
 多少居心地は悪いだろうが……とアスランは苦笑を滲ませて口にする。
「それで改心してくれればいいのですが……」
 無理だろうな、と口の中だけでフラガが呟けば、しっかりとアスランの耳に届いてしまったらしい。
「それはそれで感心しますけどね……」
 言葉とともに彼はロッカーを閉めた。そして、ふっと何かを考え込むような表情を作ったあと、フラガを見つめてくる。
「フラガさん、お疲れの所申し訳ありませんが……《キラ》の側にいてくれませんか? 万が一、と言う可能性がありますので……俺は、イザークと連絡を取って、警戒を強めますから」
 言外に、これが潜入のための偽装かもしれないとアスランは告げた。
 確かにその可能性は否定できない。もっとも、成功する可能性は全くないだろうが。
 そして、《キラ》の側に信頼できるものを置いておきたいという彼の気持ちもわかる。艦内のものを信用していないわけではないのだろうが、相手が相手だけに慎重を期したい……と言うところなのだろう。
「了解です」
 もちろん、フラガに異論はない。どころか、自分から進んでやりたいと思ってしまうのは、やはり相手が相手だからだろう。
 言葉とともに、着替えを終わらせれば既にアスランはブリッジに向かうために控え室のドアをくぐろうとしていた。
 それを見送ってから、フラガも通路へと出る。既に捕虜達の移動はすませたらしい。声もしない。その事実にどこかほっとしながら、フラガは《キラ》がいる区画まで移動していく。
 一体いつの間に指示を出したのか。  その周辺の警備が先ほどまでより厳重になっていた。もっとも、フラガの行く手を遮る者は誰もいないが。
「ご苦労様でした」
 逆に、こんな声をかけられる。そんな彼らに笑顔を返しながら、フラガは目的の場所までたどり着いた。そのまま誰にとがめられることもなくドアのロックを外す。
 中にはさすがに誰も入れなかったらしい。
 人気のない空間に、フラガはほっとしたようにため息をつく。
「……本当は平和な時間を与えてやりたかったんだがな……」
 3年程度じゃ無理だったようだ、とフラガは苦笑を浮かべる。
「悪いな、坊主」
 それでも、友達だけは返してやるよ……とフラガは付け加えた。少なくとも、もう彼とは戦わなくていいのだから。それだけでもキラにとってはいいだろうと思う。
「あとは……あの馬鹿共だけなんだよな」
 彼らがおとなしくしてくれれば――と言うより諦めて現状を受け入れてくれれば――今のように頻繁に出撃をすると言う状況はなくなるのではないだろうか。
 そうすれば、少なくとも《キラ》が再び戦場にかり出されるという状況は避けられるだろう。
 能力はともかく、性格的には、まったく向いていないのだから。
 それでもザフトにはとどめ置かれるのかもしれない。キラの、そのたぐいまれとも言えるプログラミング能力は、間違いなく今のザフトにおいても追随を許さないものだろうから。
「本当……約束を破ってばかりだな、俺は。せめて守れることと言えば、お前が目ざめるその瞬間に側にいてやれるってことだな」
 それすらも守れなかったらどうしようか……と思っていたのは事実。今の自分たちではその可能性も否定できなかった。
 だが、少しでも《キラ》の精神的な衝撃を和らげるために、自分とラミアスがその場に立ち会うことを許されている。おそらく、アスランもラクスもその時は何をおいても駆けつけてくるだろう。立場さえ許せば、カガリもそうしたいに決まっているのはわかっている。
 いや、アークエンジェルでともに戦った者たちも、同じ思いだろう。彼らがそう思っていることは、フラガの所に寄越される近況からしっかりと伝わって来ていた。
「坊主、話してやらなければならいことがたくさんあるんだからな。三年分、諦めてつきあえ」
 装置につけられているカウンターを見れば、あと一週間を切っている。
 今は隠されているあの菫色の瞳が、再び世界を映し出したとき、彼は何というのだろうか。
 せめて、それが悲しい色でないことだけを、フラガは願っていた。
「……何から話してやるか……それを考えておくか」
 まずは楽しいことだけを彼には伝えてやろう。
 その最たるものはなんだろうか……とフラガは呟きながら、そうっとキラの顔の上にある小窓を指で撫でた。それは、アスランがしていたのと同じ行為だ。だが、今の彼らにはそれ以外できることがないというのも事実。
「あっと驚くようなこともあるぞ」
 だから、早く目を覚ませ……
 この呟きは計器の音に紛れて消えた。