本国からの指示は、データーと装置をともに持ち帰るように……と言うものだった。もちろん、キラの身の安全には留意するようにと言う注釈も付いている。
 それは本国が装置とともに《キラ》本人にもその価値を見いだしている証拠だろう。
「無理はないんだろうがな」
 キラの顔の上の小窓を撫でながら、アスランは小さく呟く。
「あいつらに、目ざめたばかりのキラを利用されては困るんだし……」
 キラの実力は、今のザフトでも十分トップクラスのレベルだろう。そんな彼を連合軍の残党が拉致をし、洗脳されるという事態は避けたい。
 そのような場合、間違いなくアークエンジェルの元乗組員達の中に動揺が走るのは目に見えている。最悪の場合、彼らまであちらに付く可能性すら否定できないだろう。
 それ以上に、これ以上キラを誰にも利用させたくない……というのがアスランの本音だった。
 今までだって、十分に彼は傷ついてきたのだから、と。
 それは、フラガ達も同じ思いであることは言うまでもないだろう。彼らも、だからキラに生き続ける可能性を与えたのだ。
 だから、その未来の選択を彼の手から奪わせない、とアスランは思う。
「……そのための戦いなら、いくらでもしてやるさ」
 今でも戦いはキライだが、大切なものを守るための戦いなら厭わない……と考えたとき、アスランはふっとあることに気がついてしまった。
「だからキラは、彼らを見捨てられなかったのか……」
 フラガやラミアスをはじめとする者たちは皆、コーディネイターやナチュラルの別なく、出来るだけ平等に接しようとしている。そんな彼らだからこそ、キラは最後の瞬間まで見捨てられなかったのだろう。
 自分でも彼の状況に置かれたらそう思うかもしれない、とニコルが口にしていた。アスラン自身にしても『彼ら』相手ならそう考えたかもしれないと思っている。
「もう、誰もお前を傷つけたりとがめたりしないから……」
 だから、早く目を覚ましてくれ……とアスランは囁く。
「……おいででしたか……」
 そんなアスランの背に、苦笑を滲ませたフラガの声が届いた。どうやら、彼もキラのことが気にかかって仕方がないのだろう。時間を見つけて覗きに来たというのがその態度から伝わってきた。
「えぇ」
 心配で……とアスランは彼に苦笑を返す。
「ここにいるというのはわかっていても……信じられないと思ってしまうんですよ」
 実際に動いているところを見ていないからかもしれない、とアスランは付け加える。
 これが、触れることが出来て、会話を交わせれば話は違ったのだろうか。そうすれば、キラが『ここにいる』と実感できるのだから、と。
「そうですね。その気持ちは俺も同じですよ」
 出来ることなら、目を覚まして動いているときのキラに会いたかった……とフラガは呟く。
「もっとも、俺には坊主をこれに押し込んだ責任がありますからね。この状態の坊主を守る義務はあることは事実でしょう」
 あそこまで馬鹿がいるとは思っていなかった……とフラガはさらに苦笑を深めつつ付け加えた。
「あなた方のようにあっさりとコーディネイターを受け入れられる方が珍しいのだと、俺は思いますけどね」
 価値観をひっくりえされたことを認めるまでに時間がかかるのが普通なのだ、とアスランは言外に付け加える。
「坊主、と言う存在が俺たちの前にはいましたから」
 コーディネイターも自分たちを変わらない……という事実を実際に見ることが出来たのだ、とフラガは笑う。だから、能力的なこだわりはともかく、人間的なそれは他の者たちよりも感じなかったのだろうと。
「……そのおかげで、俺たちはこうしていられるのですけどね……結局、これも坊主に助けられた……と言うことなのでしょうか」
 だとしたら、感謝してもしたりないな……と付け加えながら、フラガもまた小窓から見えるキラの顔を見つめている。
「ともかく、早々に起きてくれ。その後だな、あれこれ考えるのは」
 いろいろと話したいことがたまっているしさ、とフラガがキラに話しかけている。
「みんな、そう思っているんだから……無事に目を覚ましてくれ」
 アスランもまた、堅くまぶたを閉じたままのキラへこう呼びかけた。
 その言葉に、キラが小さく頷いたような気がしたのは、アスランの気のせいだろうか。
「まぁ、これだけ設備と人員を整えてもらえれば、大丈夫だと思いますが」
 あとは、無事にプラント本国までたどり着くことだけかもしれない……とフラガが付け加えた、まさにその瞬間である。
「……やっぱり、来たか……」
 艦内に鳴り響いた警報を耳にして、フラガが呟く。
「一体どこから情報が漏れたのか」
 自分たちの艦が《キラ》を運ぶことは、一応機密情報だったはず……とアスランが口にした。それ以前に《キラ》の居場所自体がそうだったはずなのに、と。
「あるいは《キラ》だと知らずにちょっかいを出してきたか……と言う可能性も否定できませんね」
 他のものだと勘違いしている可能性もある、と言われれば、納得できるだろう。あちらはあれこれ物資が不足しているはずなのだ。
「そちらの方が可能性が高いかもしれませんね。どちらにせよ、後悔して頂くしかありませんが」
 アスランはうっそりと笑うと言葉を口にする。
「と言うわけですので、おつき合いください」
 その表情のままフラガへと視線を向ければ、
「当然でしょうね」
 馬鹿の面倒までは見られませんと彼は頷き返す。
「それに、俺は当面、このオコサマの面倒だけで手一杯ですし」
 それ以外の連中なんて知らない、と言いきるフラガの中に迷いは見つけられない。
「そうですね。俺も今は《キラ》のことを最優先にしたいですよ」
 さっさと終わらせましょう、と付け加えると、アスランは移動を開始する。その後をフラガが付いてくる気配が伝わってきた。