久々に顔を見たラミアスは、あの頃よりも落ち着いた表情をしているように感じられる。それは、彼女があの重圧から解放されたからだろうか、とフラガは心の中で呟いた。
「……彼から……連絡があったわ……」
 しかし、彼女が開口一番口にしたのは『会えて嬉しい』と言ったたぐいの言葉ではなかった。
 だが、それも無理はないとフラガは思う。自分が同じ立場であれば間違いなく同じセリフを口にしたはずだ。
「何と?」
 彼――カガリの護衛官であるキサカがわざわざ連絡を取ってきた、となれば、内容は間違いなく《キラ》のことだろう。
「……カウントダウンが始まったそうよ……」
 キスの直前のような距離でラミアスが囁く。
「そうか……もう、そんな時期か……」
 3年経てば、かなり状況は変わっているだろう。それ以上だと《キラ》が現実に適応できるまでに時間がかかりすぎるのではないだろうか。そう判断して、決めた時間だが、気がついてみれば、予想以上に早く過ぎてしまった……というのがフラガの実感である。
「さて……どうするか、だな」
 彼らを信用するべきか、それとも最後まで隠し通すか。
 言外に告げられたフラガの言葉に、ラミアスは小さな頷き返した。
「個人的に言わせてもらえれば……出来れば、彼をコーディネイターの医師に診せたいわ。どのような影響が出ているのかわからないのだもの」
 こんなに長期間、コールドスリープを行った者はいないのだから……と彼女は付け加える。
「だが、信用していいと思うか?」
 一番の問題はそこなのだ……とフラガは彼女の顔を覗き込む。
「あなたはどうなの?」
 信用していいと思うのか。ラミアスが瞳で問いかけてきた。
「少なくとも、彼は信用できるだろう。まだ、坊主のことを気にかけているというのが言葉の端々から伝わってきている」
 そんな二人が戦わざるを得ない状況を自分たちが作っていたという事実が、フラガを苦しめるほどに。
「ただ、他の連中までは断言するところまで出来ないが」
 マードックやノイマン達はそれぞれの上司を信用しているらしい……と付け加える。これを知ることが出来たのも、ようやく自由に連絡を取れ合うようになったからだ。その点に関しては感謝してもいいだろうと二人とも思う。
「いざとなったら、彼を連れて逃げればいいんだものね」
 そのくらいのことはしてくれるでしょう? とラミアスは微笑む。その表情は、彼女らしいものだった。
「お前さんも一緒にか? まぁ、男としてはそのくらいさせて頂きますけどね」
 オーブに行けば、カガリ嬢ちゃんが何とかしてくれるだろうし……と言いながら、フラガはようやくラミアスの唇に自分のそれを重ねた。
 ラミアスも素直にそれを受け止める。
 お互いのぬくもりをすぐ側で感じるのも3年ぶりだと言っていい。
 いや、あるいは自分以外の誰かのぬくもりをこうして感じるのが……と言うべきなのだろうか。
 これだけ離れていれば自分たちの気持ちも離れるのだろうか。そんなことを考えていたという事実が笑えるくらいに、フラガは自分が彼女を求めているという事実を改めて認識してしまう。
「坊主のことが落ち着いたら……次は自分たちのことを考えないと、な」
 その思いが、フラガの口から自然にこんな言葉を導き出していた。
「そうね。その後でなら自分の幸せを追求してもいいわよね」
 ラミアスも微笑むとフラガの首に回していた腕に力を込める。
「あと一息で……ようやく私たちの戦争が終わる……わ」
「あぁ」
 自分たちの出会いも、その戦争がなければなかったことだろう。
 だから、あの戦争の全てを否定するつもりはない。
 同時に責任を担わなければならない立場だと言うこともまた事実。その最後の事柄が《キラ》に関わることなのだ。その結末を見届けるまで、自分たちの戦争は終わらない。
 だが、それももうじき終わる。
「坊主が無事に目ざめて……何の束縛もなく動けるようになったら……結婚するか。坊主を引き取ってもいいしな」
 新しい未来の話題をしてもいいだろう。
 フラガはそう思いながら、再びラミアスの唇にキスを送った……

 オーブの管轄下にあるコロニーにアスラン達が足を踏み入れることは難しいはずだった。だが、それもカガリの手配であっさりと許可が下りる。
「……別段、何の代わりもない施設だ……と思っていたんだがな」
 一体どのような理由からなのか。この場にはアスランだけではなくイザークの隊も訪れていた。
「だから、見過ごされていたのかもしれないな……それも計算に入っていたのではありませんか?」
 一番先頭を歩くフラガに向かってアスランが問いかける。
「否定はしませんよ」
 フラガが視線だけ振り向きながら言葉を口にした。
「でなければ……俺たちもここを利用しようとは思いませんでしたし」
 だからこそ、連合軍の上層部の目もごまかせたのだ、とフラガは付け加える。逆に言えば、それだけしなければならないほど《キラ》の立場は微妙だったとも言えるのだが。
「しかし……こんなところで一人で過ごすというのは……」
 いくら身を隠す必要を感じていたとは言え、我慢できるものなのか……とイザークが呟く。確かに、そう考えても無理はないだろうと思いつつ、フラガは以前使っていたIDを取り出す。そして、端末に認識させた。
 どうやら、ここのシステムに関しては誰も手をつけなかったらしい。その代わり整備をされていなかったせいで多少の不具合が出ているのか。かすかなきしみとともにドアが開く。
「……っ!」
「ここは……」
 その瞬間、目の前に広がった思いもかけない光景に、さすがの二人も言葉を失う。
「戦争前に秘密裏に行われていた外宇宙探査のための研究室、ですよ。この中に、坊主――キラを隠しておくのにとっておきの設備があったのを思い出して、強引に納得させただけです」
 そう言いながら、フラガは部屋の中央にある装置へと近寄っていく。それを追いかけるように二人もそれに歩み寄った。
「キラ!」
 それが何の装置なのか観察しようと視線を向けた瞬間、アスランが信じられないように叫ぶ。
 金属製のかまぼこ型のその一角に透明な小窓がつけられている。そこから見えるのは、キラの――あの頃のままのキラの顔だった。時が止まったままの彼の顔からアスランは視線をそらすことが出来ないらしい。
「……これは?」
 先に衝撃から立ち直ったのはイザークの方だった。
「コールドスリープ装置ですね。とりあえず、テストでは成功していたのを知っていたので」
 実用に耐えると判断したのだ、とフラガは説明をする。
「いつ、彼は目ざめます?」
 ならば、今すぐ起こすことも可能なのか……と期待を込めながらアスランがフラガへと視線を向けた。そうならば、すぐにでもキラの声が聞きたいとその瞳が告げている。
「カウントダウンは始まっていますから……あと15日ほどですね。ただ、コーディネイターでの実験データーはありませんし、これだけ長く眠っていたのも坊主が初めてのようですから……何か、不具合がある可能性は否定できません……」
 それでも、奴らにキラを殺させるよりはマシだと誰もが結論を出したのだろう。そして、それはアスラン達でも同じだったといえる。
「そうですか……ですが、ここでは……」
「これ自体は、ここの施設から独立していますから……運び出すことは可能ですが……」
 問題はその重量と搬出後の置き場所だろうとフラガは苦笑を浮かべた。ここから搬出するとしたら、手作業以外方法はないだろうとも付け加える。
「……こう言うとき、小型のMSが欲しくなるな……」
 ぼそっとイザークが口にすれば、
「否定はしないな」
 開発を依頼しておくか、とアスランも頷いた。
「だが、これをこのままここに置いて置くわけには行かないのは事実だな。不具合が出る可能性があるなら、なおさらだ」
 万全の体勢を整えてキラが目ざめるのを待ちたい、と言うのがアスランの偽らざる心境だ。
「そうだな。技術の連中も装置その物に興味があるだろうし」
 医師にしても、コールドスリープ後のキラの経過を観察したいだろうとイザークも同意を見せる。
「……とりあえず、一度艦に戻って本国からの指示を仰ぐか……その間に、ここには監視のものを配置して、万が一の事態に備えると。そんなところだろうな」
 あとは本国の指示次第だ……とイザークはアスランに同意を求めるように視線を向けた。
「そう……だな」
 口ではこう答えながらも、アスランはキラの側を離れたくないと全身で告げている。
「報告の方は引き受けてやろう。とりあえず、な」
 そんな彼の言葉に苦笑を浮かべつつイザークがこう言う。
「俺としても、そいつと話がしてみたいしな。いろいろと。無事に目ざめて貰わんとそれもできん」
 その言葉に含まれた意味がどのようなものであるのか、本人以外にわからないだろう。それでも、キラに無事に目ざめて欲しいと思っているのは事実のようだ。
「頼む」
 だから、アスランは珍しくも素直にこう口にしたのだった。