何故、中庭にこれほどまでに立派な音響装置を設置しなければいけないのだろうか。
 ニコル達の動きを見つめながら、キラは首をかしげる。
「……明日、わたくしたちの演奏を録音したいから、ですわ」
 それに答えをくれたのはラクスだった。
「ウズミ様が入院をされている間にお聞きになりたいそうですの」
 それに、今回、協力をしてくれた人たちにも渡したいから……と彼女は続ける。
「もちろん、勝手にコピーを取ろうとしたら、その時点で使っているハードが使用不能になるようにさせて頂きますけど」
 コロコロと笑いを漏らしながら怖いことを言っているような気がするのは自分の錯覚だろうか。しかし、そういうプログラムを作ったような記憶もあるのだ。そう考えてキラは思わず首をひねってしまう。
「えぇ、キラがお作りになったものですわ」
 この言葉に、ようやくそれがいつのものだったかを思い出した。
 でも、あれは……とキラは不安になる。
「ご心配なく。きちんと説明をしてからお渡しします」
 それでもどうこうしようという馬鹿者にはおしおきが必要だろう。ラクスはさらに言葉を重ねた。
「不本意ですが、わたくしやキラの未発表の演奏を手に入れられるかもと言って、ファンクラブに入っているバカもいるそうなのですわ」
 今まではそういうバカにはデーターが回らないようにして貰っていた。しかし、今回はそれを条件に協力して貰ったものもいるらしい。だから、念には念を入れておこうと思ったのだ、とラクスは続ける。
 そういうことならばしかたがないのか。
 でも、もう少し別のプログラムにした方がいいような気がする。あれは、確か、ニコル経由で来たユーリからの依頼だったはず。だからこそ、危ないとわかっていても強力なものを作ったのだ。
「今からでは間に合いませんわよ」
 即座にラクスがこう言ってくる。
「それに、普通にお聞きになるには支障がないのですもの。放っておいて構いませんわ」
 そういう問題なのだろうか、とキラは首をかしげる。
「その程度の問題ですわ」
 しかし、ここまできっぱりと言い切られては何も言い返せない。
「それよりも、明日の演奏なのですが」
 さらに、彼女はこう言ってくる。
 どちらを優先すべきかと言われれば、こちらの方だろう。だから、キラは無理矢理意識を切り替えることにした。

 抱えていた荷物を下ろすと、ディアッカは深いため息をついた。
「すまないな」
 手を止めると、アスランは苦笑を向ける。
「まぁ……俺が一番体力仕事に向いているってことでしょ」
 体格的に、と彼もまた苦笑を返してきた。
「それに、それこそキラ達にはさせられないしな」
 彼等の場合、指先を痛めるわけにはいかないだろう。だから、とディアッカは続ける。
「イザークは、別の意味でさせない方がいいだろうし」
 自分でやるのが一番気軽だ、と言われてアスランはさらに苦笑を深めた。
「確かに、な」
 セッティングのことがなければ自分も手伝ったんだが、とアスランは続ける。
「これでラストだから、気にするなって」
 それに、エザリア達だけならばまだしも、ウズミ達までが来るのだ。何もしなかったと言われると後々厄介なことになるから、と彼は続ける。
「でも、大丈夫かな?」
 キラは、と視線を移動させた。
「一人じゃないから、な」
 多分、とアスランは言い返す。
「いざとなれば、前の方に俺たちがいればいいだけだろうし」
 でなくても、キラから彼等が見えなければいいだけのことだ。そのための準備はしておいたほうがいだろうか、とこっそりと心の中で呟く。
 その時だ。
「どうした、キラ」
 その言葉に視線を向ければ、手に何かを持ったキラがこちらに歩み寄ってくるのが確認できる。自分がここにいるとはいえ、まさか、一人で中庭に出てこられるとは思っても見なかった。
 だが、逆に言えばキラの中の重荷が一つ消えた証拠だろう。
「転ぶなよ」
 その事実に喜びを感じながらも、アスランは彼の手から早々に荷物を受け取ろうと立ち上がった。


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