今の彼は、まだ立っているのは辛いはず。そう考えて、アスランは彼に椅子を勧める。
「ありがとう」
 微笑みながら彼はゆっくりとこちらに向かってきた。しかし、まだ自由に動かない体は小さな段差にもつまずいてしまう。
「あっ!」
 それに気が付いた瞬間、反射的にカガリが腰を上げる。しかし、それよりも早く、栗色の髪の人影が、その体を支えようと姿を現した。
「……キラ……」
 アスランよりも先にカガリが彼に呼びかける。
 しかし、だ。
「キラ?」
 何故か、キラは彼女の視線から逃れるように、ウズミの影へと隠れてしまう。
「どうして……」
 その彼の反応に、カガリが『信じられない』というように目を丸くした。
「それが現実ですわ」
 ラクスがため息とともに言葉をはき出す。
「あなたにとって、キラは三年前の姿なのかもしれません。ですが、今のキラにしてみれば、あなたも《恐い人》の一人なのですわ」
 オーブという国もそうかもしれない。
 それすらも想像できなかったのか、と彼女は静かな声でカガリに問いかける。
「だって、私とキラは……」
「生まれはどうでも、今は別々の立場がある」
 そうだろう? とアスランは問いかけた。
「……そもそも、何故、お前がここにいるのだ?」
「お父様……」
「キラ君との接触は禁止したはずだが?」
 今のキラの状況を聞かされた時点で、とウズミはカガリに問いかける。
「ですが、お父様! キラがオーブに戻ってくれなければ、我が国は……」
 今現在、オーブでは過去の機密データーを閲覧できなくなっているではないか。それが今後、さらに範囲が広がったら……と彼女は言い返した。
「オーブのではない。アスハのだろう?」
 オーブとアスハを混同してはいけない。それに、とウズミは静かに言葉を重ねる。
「お父様!」
「それに、方法はあるのだよ」
 キラの力を借りなくても、全てのセキュリティを介助する方法が……と彼はさらに付け加えた。
「私は、そんなことを聞かされておりません!」
「……お前に聞かせていたら、今頃、全てのデーターはセイランのものになっていたかもしれぬな」
 ため息とともに返された言葉に、カガリの表情が強ばる。しかし、それは直ぐに消えた。
「そんなことはありません!」
「では、何故、セイランがキラ君のことを知っていたのだ?」
 キラの存在がアスハのマザーのセキュリティに関わっていると知っているのは、自分とカガリ、そしてホムラぐらいなものだ。そして、自分もホムラもセイランにそれを伝えた記憶はない。
 そうなれば、答えは一つしかないだろう。
「……お父様……私は……」
 そこまで言われてはごまかせないと判断したのか。カガリは必死に言い訳をしようとする。
「キラ君をどうしてプラントに行かせたのか。何故、ザラにその身柄を預けたのか。お前は考えようともしなかったのだな」
 それどころか、と彼はカガリをにらみつける。
「私のためだと口にしながら、自分が傷つくのがいやだっただけではないのか?」
 そして、全ての責任をキラに押しつけようとした。違うのか? とウズミはさらに追及の言葉を口にする。
「……だって、お父様……ウナトは……」
「たとえ、五氏族の一家とはいえ、他の家に口出しできるはずがなかろう」
 まして、その家の当主を勝手にどうこうできるはずもない。それすらもわからなくなったのか、とウズミはさらに娘をしかりつける。
「お前は確かに未熟だ。しかし、アスハの後継というのであれば、自分が全ての者の盾になる覚悟をしなければいけない」
 他の者を自分の盾にしようとするな。この言葉に、カガリは悔しげに唇を噛んだ。
「許可を出すまで、二度とキラ君と接触しようとするでない。彼の幸せは、既にオーブにはないのだ」
 そうである以上、自分たちはそれを守ってやる義務がある。ウズミの言葉に、キラが困ったような表情を作ったのがわかった。
「ウズミ様……」
「キラ君にとって、この場にいるのが一番幸せだというのであれば、そうっと見守るべきではないのか?」
 それすらもわからないのであれば、カガリには指導者としての資質はない。そこまでも彼は言い切る。
「そう育てたのは、私たちだが、な」
 そうである以上、自分たちにも責任はあるだろう。ウズミはしっかりとした声でそうも付け加える。
「その前に」
 こう言いながら彼は視線をキラへと向けた。
「すまなかったね、キラ君。オーブの事情に巻き込んでしまって」
 言葉とともにウズミはキラに向かって頭を下げる。そんな彼に向かって、それにキラは困惑を隠せない様子だった。


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