ニコルが迎えに来てくれたから、だろうか。キラは何とか自分たちの部屋から彼の部屋へと予想以上にすんなりと移動することが出来た。
「気付いてくださって、よかったです」
 ラクスがアスランに付いていったせいで、今日のリハーサルが延期になったのだ。だから、自分は暇をもてあましていたのだ……とニコルは微笑む。
「ですから、ゆっくりとキラさんと合奏できます」
 ここしばらく、忙しかったから。そんなことも出来なかった。そう彼は付け加える。
「何よりも、今日は僕がキラさんを独占できます」
 いつもはアスランがいるから、ちょっと邪魔だった。そうも彼は続けた。
 そういうものだろうか。
 キラは首をかしげながら考える。
「そういうものですよ。アスランがここにいたら、彼に対する文句なんて言えないはないですか」
 でも、内緒にして置いてくださいね……と先に釘を刺された。
 そうは言われても、アスランに隠し事なんて出来ない。
「大丈夫ですよ、キラさん。ちゃんと言い訳を考えておいて差し上げますから」
 キラの表情から彼が何を不安に思っているのかを読み取ったのだろう。ニコルがこう言ってきた。
 それならば大丈夫だろうか。
「絶対にばれませんから」
 にこやかな口調で彼はさらに言葉を重ねる。
「今までにばれたことはないですし」
 と言うことは、自分も今までに彼にごまかされたことがあるのだろうか。
「キラさんにだけは嘘は言いませんよ」
 言えないときには黙るだけだ、と彼は言う。
「ラクスさんも同じだと思いますよ」
 それだけは信じてくださいね、と言葉を重ねられて、キラは頷いてみせる。
「よかったです」
 ほっとしたように彼はこういった。
「アスランったら、こういうことをキラさんと話したくても、なかなかチャンスをくれないんですよ」
 心配なのはわかるが、自分たちを信頼して欲しい。キラに危害を加えるはずがないだろう。
 わかっているよ、と言うようにキラは微笑んでみせる。
「と言うわけで、アスランが帰ってくるまで、じっくりと付き合ってくださいね」
 他にも、次の曲のこととか、色々と放したいことがあるのだ。そういう彼に、キラは微笑み返した。

 イザークの機嫌が最悪と言っていいのではないか。
「……帰りてぇ……」
 帰って、キラに癒やされたい。ディアッカは思わずこう呟いてしまう。
「俺だって、それは同じだ!」
 しっかりと聞きつけてくれたのか。即座にイザークが怒鳴り返してくる。
「だが、俺たちがこれをやらないと、迷惑を被るのは《キラ》だぞ?」
 そう考えれば、どのような状況であろうとも我慢するしかない。それに、と彼はさらに言葉を重ねる。
「ここで逃げ出せば、俺たちの適性が疑われるだろうが」
 自分たちを信頼して任せてくれた人々のためにも、きちんと責任は果たさなければいけない。その言葉は正論だ。
「わかっているけどさ……やっぱり、場違いではないかなって思うんだよ」
 自分たちだけがただの民間人ではないか。そうディアッカは言い返す。
「その程度、何だ?」
 気にする方がバカだろうが、とイザークはにらみつけてくる。
「はいはい。わかったから少し落ち着けって」
 周囲の視線を集めているだろうが、とディアッカは慌てて彼をなだめにかかった。
「俺としては、これ以上、注目を集めたくないんだけど」
 できれば、誰からも注目されたくないんだが……と心の中だけで呟く。この無遠慮な視線というのは、何度経験してもなれることはない。
 だから、ニコルはあれほどまでにふてぶてしくなったのだろうか。
 それとも、ふてぶてしいからこそ、平然としていられるのか。
 卵が先か鶏が先か、と言う議論のようなことを考えてしまう。もっとも、本人にそんなことを言えば、百倍になって帰ってくることもわかっている。
「……キラに土産を買って帰れるような時間に解放して貰いたいよな」
 そうすれば、彼に笑みを向けてくれるだろう。
「……あいつらの態度次第だな、それは」
 自分たちの非を素直に認めてくれればいい。そうでなければもめるだけだ。もっとも、あっさりと認めるとは思えないが。そう彼は続ける。
「自分たちの不利益に通じるかもしれないからな」
 認めたとしても、セイランだけに責任を押しつけるかもしれない。
 しかし、それではまた同じ事を考えるバカが出る可能性がある。
「キラのためにも、ここできっちりとけりをつけるぞ」
「それに関してだけは、任せておけ……って所だな」
 絶対に、これ以上キラに余計な重荷を背負わせるようなことはしない。ディアッカもこう言って頷いて見せた。


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