あの一件の後始末やらオーブの使節の受け入れに関することで、アスラン達はばたばたしていた。 しかし、キラだけは以前と変わらない生活を送っている。それは、彼がアスラン達とは違い、まだ、ただの民間人と言ってさしつかえがない人間だから、だろう。 あるいは、オーブとのかねあいがあるのだろうか。 自分がまだ狙われている可能性もある。 でも、とキラは心の中で付け加えた。自分はここからまだ出られないのに、他のどこで狙われるというのだろうか。 ともかく、とため息をつきながら思考を続ける。 何の情報も与えられていなければ、自分では判断が出来ない。他の理由があったとしても、わからないのだ。 それもこれも、未だに自分がこの部屋から出られないからだ、と言うこともわかっている。いずれは、何とかしなければいけないことも、だ。 でも、今はまだ、怖い。 もう少し、この環境に甘えていてはいけないのだろうか。こんなことを考えるのは逃げなのか、と悩む。 しかし、アスラン達に聞いても彼等は『構わないよ』としか言ってくれないだろう。 それが彼等の優しさだとはわかっている。だが、それが彼等の重荷にはなっていないだろうか、と不安になってしまう。 考えてもしかたがない、とわかっている。 だから、少しでも彼等の重荷にならないように努力するしかない。 今、自分ができることは、頼まれているこの仕事を終わらせることだろうか。そんなことを考えながら、キーボードを叩こうとした。 その時だ。 キラの耳に柔らかなピアノの音が届く。 それがニコルが奏でる音だ、というのは確認しなくてもわかる。でも、彼も今日は出かけていたのではないか……と首をかしげた。それとも、予定が変わったのだろうか。 しかし、これはバイオリンとの協奏曲だったはず。ひょっとして、自分にバイオリンを弾かせようとしているのだろうか。 そうでなかったとしても、音を合わせるのがいいかもしれない。 バイオリンを弾いている間は、この嫌な感情から逃れられるだろう。 それがいい。 こう考えると、キラはそっと立ち上がる。そして、バイオリンに手を伸ばした。 アスランはラクスと共にカガリと対面していた。 「はっきり言う。無理だ」 この言葉に、カガリはむっとした表情を作る。 「何故、だ!」 そのまま、こう言い返してきた。それはまさしく、自分たちが知っている《カガリ・ユラ・アスハ》の反応だ。 だが、とアスランは心の中で呟く。 あまりに変わらなすぎて、逆に心配になってしまう。 「……あの日から、まだ、三年だぞ?」 キラの心の傷は癒えていない。いくらオーブからの依頼とは言え、あの日の記憶と堅く結びついている場所に足を踏み入れれば、その傷がまた大きく口を開けるかもしれない。 そうなったとき、キラの精神が今のままでいると、誰が言い切れるだろうか。 「もう三年だろう?」 カガリはアスランの言葉にこう聞き返してくる。 「……お前にとってはそうかもしれない。だが、キラにとっては違う」 個人個人で受け取り方は違うものではないのか。アスランは逆に聞き返した。 「まして、キラはあの場をその目で見てしまったんだぞ?」 少しタイミングがずれていたら、キラ自身もこの世にいなかっただろう。だが、その事実がキラの心に暗い影を落としている。それを振り払うことはたやすいことではない。 「そうですわ」 同じようにキラの様子を見てきたラクスが静かに口を開く。 「こちらに来られてから一年近くは、わたくしたちも傍に近づけてはくれませんでしたのよ?」 辛うじて、アスランだけが彼の側に寄れた。 そして、キラ自身、アスランの姿が見えなくなるだけでパニックを起こしていたのだ。 「キラが部屋から出てこられるようになって、まだ一年程度ですのよ?」 未だに、一人で中庭に出ることも出来ない。 もし、自分が一人で中庭に出た瞬間、背後で何かあったら。そう思うと、足が前に進まなくなるのだ。キラはそう教えてくれた。 「そんな彼を、あなたは『弱虫』と言われますか?」 この言葉に、カガリは一瞬うつむく。だが、直ぐに視線をあげる。 「だが、キラに戻ってきて貰わないと、こちらも困る」 最悪、オーブという国の存続が危なくなるかもしれない。 「だから、たとえあいつを傷つけてでも……私は、あいつを連れて帰らなければいけない」 それが、アスハの跡取りとしての自分の義務だ。そうも彼女は付け加える。 「その結果、オーブとプラントの関係が最悪なものになったとしてもか?」 どのようなことになろうと、自分たちはそれを阻止するだろう。アスランは言葉とともに彼女をにらみ返した。 |