オーブンが小さな音を立てる。
 どうやら、焼き上がったらしい。だが、直ぐに開けていいものかどうかがわからない。だから、とキラはアスランへと視線を向けた。
「出して構わないぞ」
 ただ、熱いから気をつけろ……と彼は続ける。それに頷き返すとキラはそっと扉を開けた。
「中から、型を取りだして……そのまま、ひっくり返してから台の上に置いてくれ」
 そこの網の上、と言われて、キラは素直に従う。
「そうしておけば、つぶれないからな」
 それはつぶれやすいんだ、とアスランは教えてくれる。
「だからこそ、おいしいんだけど」
 ふわふわで、と言われてキラが頷き返したときだ。いきなり、インターフォンが鳴り響く。
「……誰、だ?」
 それを耳にした瞬間、アスランは顔をしかめる。
「まぁ、いい」
 でてみればわかることだ、と彼は呟く。そして、タオルで手を拭くと歩き出す。
「キラ」
 だが、彼は不意に足を止めた。
「お前は寝室に」
 あそこであれば、何があっても大丈夫だ。アスランはこう言ってくる。
 つまり、何かあると考えているのだろうか、彼は。
 なら、とキラはアスランを見つめる。
「お前に他人を傷つけられるとは思えない。それに」
 それに、何なのか。そう思いながら、キラはアスランの次の言葉を待つ。
「下にはザフトの人間が詰めている。その人を待つぐらいの間なら、俺は何とか抵抗できるからな」
 しかし、キラが連中に押さえられたらそれも出来ない。
 こう言われては、反論が出来ない。自分がそちらの方面ではラクスにもかなわないという自覚はあるのだ。
 だから、とキラは小さく頷いて見せた。
「いいこだ」
 アスランはこのセリフと共に優しい笑みを向けてくる。
 しかし、それがキラには少し気に入らない。
 自分の方が半年とはいえ年上なのに、と心の中で呟く。それなのに、どうしてアスランの方がお兄さんぶってみせるのだろうか。
 いつもそれが気になってしかたがない。しかし、今はそれを考える場合ではないだろう。そう判断をして、大人しく寝室へと足を向けた。
「俺がいいって言うまで、出てくるなよ?」
 いいな、とアスランは念を押してくる。そんな彼に、キラは静かに頷いて見せた。

 キラの姿が寝室に消えてから、アスランは端末へと手を伸ばす。
「どなたですか?」
 そして、思い切り不機嫌そうな表情を作って言葉を口にする。
『キラ・ヤマトの叔父だが……』
 キラがそちらにいると聞いて……と予想もしていなかった言葉が耳に届く。
「おかしいですね。キラのご両親に兄弟がいたとは聞いたことがありませんが」
 アスランはさらに声に剣呑なものを含ませながら言葉を返す。
「それに、実の叔父さんだとしても……今更、何をしにいらしたのですか?」
 キラがプラントに引き取られてから既に三年以上経っている。それなのに、今日、いきなり……とさらに言葉を重ねた。
「ちなみに、キラのことは父を通して頂くよう、お願いしてあります。こちらに直接おいでになられても、何もお答えできません」
 答えるつもりもない。
「では、失礼をします」
 こう言いながら、アスランは通話を終わらせようとした。
『その結果、オーブとの関係が悪化してもかまわないと?』
 しかし、相手は脅かすようにこう言ってくる。
「それはあり得ない、と聞いていますが?」
 少なくとも、ウズミ・ナラ・アスハの名前で手続きは正当に行われたはずだ。アスハの首長がそうされたのに、何故、関係が悪化するのか。
「オーブは、首長の言葉を否定しても構わないという口なのですか?」
 そして、逆にこう聞き返す。
『だが、私はキラの……』
「その証明も含めて、父の方へと申し上げておりますが?」
 自分では確認が出来ない。だが、国防委員長であるパトリックであれば、十分照会が可能だ。
 それをすませて、なおかつパトリックが同行してくるのでなければ、キラのことは何も話せない。アスランはそういいきった。
『しかたがないね』
 わざとらしいため息が耳に届く。その瞬間、アスランの第六感が危機を告げてくる。
「では、失礼をします」
 こう言いながら、アスランは非常ボタンを押した。


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