目的地のコンサートホールの前には、既に自分たちのファンが待ちかまえていた。その中にはもちろん、今回、協力を依頼した者達の姿もある。
「……バカの一味も来ているようですね」
 今回は、軽い見学とリハーサルだけだ。そういうときに来るのはほとんどが熱心なファンだけだと言っていい。そして、そういう人物の顔はしっかりと記憶の中にあった。
「本当ですわね」
 だが、今回は見知らぬ顔もいくつか確認できる。
「ザフトの方々の顔も事前に確認させてありますから、見間違えるはずがありませんわ」
 記憶力はいい方だから、とラクスは微笑む。
「僕もです」
 ニコルも微笑みながら頷いて見せた。
「きっと、他の方々も気付いているはずですよ」
 特にラクスのファンクラブの会長は、と彼は言葉を重ねる。
「だと思いますが……」
 でも、念には念を入れておいた方がいいのではないか。ラクスはこう呟く。
「そうしましょう」
 だが、直ぐにこの言葉とともにハロを持ち上げた。
「ピンクちゃん、お願いします」
 あちらとあちらの方の顔を撮影して、会長さんの端末に送信してください。柔らかな過去わねで、ラクスは告げた。
 その言葉に従って、ピンクは即座に行動を開始する。その様子を外から見ても、何をしているかわからないのではないか。そもそも、ラクスがピンクのハロを可愛がっているのは周知の事実だ。そのことに関しても疑問を持つ者はいないだろう。
 直ぐにハロは作業を終えたらしい。
「オワッタ、オワッタ」
 いつものようにどこかイントネーションがずれている声で報告をしてくる。
「その声、そのままでいいんですか?」
 ニコルが苦笑と共に問いかけてきた。
「えぇ。このくらいなら、愛嬌ですませられますわ」
 第一、アスランにそちらの方面を期待しても意味はない。それがわかっているから……と彼女は続ける。
「確かに、それに関しては否定できません」
 ニコルも即座に同意の言葉を口にした。
「ですが、キラさんなら修正できるのではありませんか?」
 キラのプログラムに関する能力は、プラントでも五指にはいるのではないか。だから、と彼は続けた。
「その分、キラには重要なお仕事が任されているではありませんか」
 自分の仕事のためのPVならばともかく、それ以外で彼の手を煩わせたくはない。
「バイオリンのレッスンの時間も必要ですし」
 後は、アスランが無体なことをする時間があるだろうから……とため息とともに付け加えた。
「最後の一つは却下したいところですが……」
 キラの精神安定に一役も二役も買っているとなれば、妥協をするしかないか。ニコルはため息とともに言葉をはき出す。
「でなければ、認めるはずがないではありませんか」
 ラクスはきっぱりとした口調で断言する。
「ともかく」
 今はそれを話し合っている場合ではないから。そう続けながら、彼女は口を開いた。
「そろそろ、降りましょうか」
 皆が、待っているから……と言えばニコルも頷いて見せた。
「そうですね」
 これ以上待たせると、自分の命が危険になるかもしれない。そういって彼は苦笑を浮かべる。
「そんなことはないと思いますけど……」
 ニコルであれば、とラクスは言い返す。
「キラでも大丈夫だと思いますわ」
 彼もニコルと同じように自分にとってなくてはならない存在だ、と彼等には認識されている。何よりも、キラの姿を見て攻撃できる人間なんていないのではないか。
「そうかんがえると、一番危ないのはアスランかもしれませんわね」
 彼等にとって見れば、一番に組むべき存在だから。そういいながらラクスはドライバーに目線だけで合図を送る。その意図を察したのだろう。彼は即座に車外へと出た。
 そのまま、後部座席のドアを開ける。
 ニコルがバイオリンを持ったまま、車外に降り立った。
 その後を、ラクスが続く。
 車を離れたところで、彼等が予想していた事件が起こった。


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