「いいか、キラ。ここに書いてあるとおりの量をはかって、わかるように準備をしておいてくれ」
 そういいながら、アスランはキラの前に一枚のメモを差し出してきた。
 何、と言うように彼の顔を見つめながら、キラはそれを受け取る。
「お菓子の材料だよ。お菓子作りは、きちんと材料の分量を量ることが重要なんだ」
 それなら、キラも出来るだろう? というのは、バカにされているのだろうか。
 でも、書いてある量をきっちりとはかることは出来るし、それをしなければいけないこともわかっていた。
 だから、多少腑に落ちないものの、小さく頷いて見せる。
「じゃ、頼む」
 その間に、自分は別のものを作るから……とアスランは笑って見せた。
 一緒に作るのではないのか。
 そう思いながら、彼を見つめる。
「俺は先に晩飯の準備をするよ」
 シチューというリクエストがあったから、と彼は続けた。
「あれは、煮込んだ方がうまい」
 そういわれれば納得するしかない。
「大丈夫。お前が材料を量り終わる前には、こっちも終わるから」
 確かに、アスランは手際がいいだろうけど……とキラは心の中で呟く。でも、何か面白くない。
 だからといって、何もしないわけにはいかないか。
 そう判断をして、大人しく作業を開始する。
 キラの動きを確認してから、アスランも手を動かし始めた。
「わからなくなったら、直ぐに声をかけろよ?」
 取り返しがつかなくなる前に……と言われて、キラはさらに頬をふくらませた。
 こう言うときに声が出ないのは、やはり困る。声を出せたら文句もたくさん言えるだろうに。
 しかし、いくら声を出そうとしてもどうしても出来ない。
 また声が出せる日が来るのだろうか。
 それはキラにもわからなかった。

 窓の外を流れていく景色を見つめながら、ニコルは何度も手の中のそれを撫でた。
「緊張されていますの?」
 それに気がついたのだろう。ラクスがこう問いかけてくる。
「少し、ですけどね」
 これならば、まだ、コンサートの方がマシだ。ニコルは苦笑と共に言葉を返す。
「否定はしませんわね、確かに」
 コンサートであれば、失敗しても自分の実力不足を痛感するだけですむ。しかし、今回のことは多くの人々の命を左右することになりかねない。
「それでも……わたくしにはキラの安全の方が重要ですわ」
 ニコル以外の相手には言えないセリフだが、と彼女は付け加えた。
「そうですね。僕も同じです」
 見知らぬ誰かよりも、キラの方が大切だ……と頷き返す。
「アスランも、きっとそういうでしょうね」
 と言うよりも、自分たちよりも彼の方がその点に関しては重傷なのではないだろうか。
「そうでなければ、婚約なんてしませんわ」
 そういう相手だからこそ、自分は彼と婚約をすることを認めたのだ。
「でなければ、いくらプラントのためとはいえ、断っています」
 そこまで言い切れる彼女に、ニコルは尊敬の念を抱いてしまう。自分は、そこまで割り切れない。そうわかっているからだ。
「ですから、きっちりと片を付けさせていただきましょう」
 二度とバカがで出てこないように。そういって慈愛に満ちた微笑みを浮かべられるところも、流石だ。
「そうですね」
 負けじと、ニコルも『天使のような』と言われている微笑みを口元に刻む。
「しっかりと後悔をして頂きましょう」
 そのまま、こう告げる。
「そのために、キラさんにも協力をして頂いたのですから」
 彼にとって、清水の舞台から飛び降りるような決断もさせた。だからこそ、絶対に、と決意を新たにする。
「バカは徹底的に排除しましょう」
 そして、キラの演奏を堪能させてもらうのだ。一番の願いは、キラをステージに引っ張り出すことだけど、と心の中で付け加える。
「えぇ。徹底的に」
 同じ事を考えているのか。ラクスもまた頷いてみせる。
「そうしたら、アスランを追い出して、一日、キラを独占させて頂きましょう」
「それはものすごく楽しそうですね」
 顔を見合わせると二人は満面の笑みと共に頷きあった。


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最遊釈厄伝