「それではキラ。おみやげを楽しみにしていてくださいね」
 ラクスは微笑みと共にこう告げる。それに、キラは小さく首を縦に振って見せた。
「では、行ってきます」
 にこやかな表情でニコルもまた言葉を口にする。その様子だけを見ていれば、いつものコンサートに出かけるときと変わらない。
 しかし、だ。
 彼の手にはバイオリンのケースがしっかりと握られている。
「大丈夫ですよ。ちゃんと無事に帰ってきますから」
 ついでに、バカにはきちんとおしおきをしてきます。にこやかな表情で告げられた言葉の中身が怖い。
 それでも、自分が代わりをすることも出来ないのだ。
 このドアから先に足を踏み出すことがどうしても出来ない。だから、危険だとわかっていても、彼等を見送るしかないのだ。
「キラ。そんなに不安そうな表情をしないでください。大丈夫ですわ」
 ラクスがこう言いながら、そっとキラの頬に触れてくる。
「準備はしっかりとしております。あちらは、そのレールの上を走るしかないのですわ」
 イザーク達もフォローしてくれるのに、失敗するはずがないだろう。ラクスはそういって微笑む。
「それに、ザフトの方もいらしてくださるそうですわ」
 だから、キラが心配するようなことは、絶対に起こらない。
「それよりも、おみやげはケーキでよろしいですの?」
 それとも果物の方がいいのか? と彼女は問いかけてくる。
 どちらでもいいのに、とキラは思う。
「わかりましたわ。では、いつもの方にお聞きしてキラの好きそうなものを選んでまいりますね」
 ひょっとしたら、表情にでていたのだろうか。ラクスはキラの気持ちを読み取ったかのようにこう告げる。そう言う点は彼女もアスランに劣らない。
「では、今度こそ行ってきますわ」
 言葉とともにそっとラクスはキラの頬にキスをする。そして、そのままきびすを返した。
「大丈夫です。僕らは無傷で帰ってきますから」
 犯人はどうなるかわかりませんけどね、とニコルはニコルで、とんでもないセリフを口にすると彼女の後を追いかけていく。
 彼等がここまで言うのであれば大丈夫なのだろう。
 それはわかっているが、どうしても不安を消すことが出来ないのだ。
「大丈夫だって」
 そんな彼の体をアスランが背後から抱きしめてくれる。
「イザークとディアッカが行くんだ。何があってもフォローできる」
 ニコル達もそう言っていただろう? と彼は耳元で囁いてきた。
「俺も『行く』と言ったんだがな」
 人数だけいてもしかたがない。それよりもキラを優先しろと怒られた。彼は声音に苦笑を滲ませた。
 やはり、自分が皆の足を引っ張っているのだろうか。キラは不意にそんな気持ちに襲われる。
「あぁ、そんな表情をするな」
 それに気がついたのだろう。アスランは直ぐにこう言ってきた。
「俺が一緒に行きたかったのは、自分が作った装置がどれだけ有効なのか、この目で確かめたかっただけだ」
 そのあたりはディアッカが引き受けてくれるそうだから、とりあえず妥協することにしたのだ、とアスランは続ける。
「と言うわけで、二人で待っていよう」
 何なら、ベッドに行くか? と彼は笑いながら付け加えた。
 反射的にキラは首を左右に振る。
「なら、一緒に料理でもしているか?」
 みんな、お腹を空かせて帰ってくるに決まっている。だから、とアスランは言葉を重ねた。
 確かに、何もしていないより何かしていた方が気はまぎれる。料理であれば、そちらに集中しないととんでもないことになることも目に見えていた。だから、とキラは素直に首を縦に振ってみせる。
「その前に、ちゃんと朝飯を食べないとダメだぞ?」
 抜いたことがばれたら、戻ってきたラクス達にお目玉を食らうだろう。そうアスランは続ける。
 どうして、それを自分でしないのだろうか。今まで、自分にお小言を言うのはアスランの役目だったではないか、とキラは首をかしげる。
「俺が言うよりもラクスが行った方が効果があるだろう?」
 即座にアスランがこう言ってきた。
 それに関しては否定できない。
「準備は出来ている。だから、リビングに行こうか」
 一緒に食べよう。その言葉に、彼もまだ朝食を取っていないのだとわかった。
 そういうことまで自分に付き合わなくてもいいのに。
 そう思いながらも、嬉しいと思う気持ちが存在していることも否定できない。
「ほら、キラ」
 だから、差し出された手を素直に握りかえした。


INDEXNEXT



最遊釈厄伝