ニコルからその話を聞いて、アスランは思いきり顔をしかめてしまった。
「……父上も……」
 それなら、きっぱりと断ってくれればいいのに。ため息とともにこう呟く。
「アスラン……」
 流石にそれは、とニコルが苦笑を返してきた。
「わかっている。それでも、お前が同席していてくれてよかったよ」
 キラのことだ。そうでなければ自分にもその事実を伝えてくれなかっただろう。
 自分の中にため込んで、結果的に自家中毒を起こすに決まっている。
 その時に、理由がわからなくて右往左往するよりは、どれだけ不愉快と思える内容でも知っておいたほうがいいに決まっている。
 しかし、パトリックも自分がいるときに来てくれればいいのに。それとも、自分が彼に突っ返すと予測していたのか。
「いえ。ただ、そのせいでキラさんが……」
「気にするな。それこそ、ニコルのせいではない」
 キラの心の傷のせいだ、とアスランは言葉を重ねる。そして、責められるのはそれをつけた相手ではないのか。静かな口調でアスランは告げた。
「そうですね」
 確かにそうかもしれない。哀しいことだが、とニコルも頷いてみせる。
「ただ……そういうときにキラさんの支えになれないことが辛いです」
 もし、その場にいたのがアスランだったなら、もう少し違う反応をキラは見せてくれたのではないか。彼はそういって視線を落とす。
「俺でも同じだっただろうな」
 そんな彼を慰めるようにアスランは言葉を口にする。
「キラにとって《オーブ》、いや《アスハ》とはそういう存在だ」
 せめて、あの時、キラに一言でいいから優しい言葉をかけてくれていれば……キラはあれほどまでに傷つかなかったのかもしれない。
 その理由は、彼女から聞かされている。
 しかし、こんな風に考えてしまうのは、間違いなく自分にとっての《一番》が《キラ》だから、だろう。
「ともかく、しばらく放っておくしかないか」
 でなければ、何かでつり出すか、だ。
「それは構いませんが……」
 しかし、何を餌にするつもりなのか。ニコルがこう問いかけてくる。
「ケーキはもう、使ってしまいましたよ?」
 後、キラが好きなものは何なのか、と彼は首をかしげた。その様子だけを見ていれば、彼もキラに負けないくらい可愛らしい。しかし、その中身には天と地ほどの違いがある。しかし、その見た目に騙される人間も多いのだろうな……と考えるのは、自分が少しでも今の苛立ちを忘れたいからかもしれない。
「ラクスがいてくれれば完璧なんだが」
 でなければ、ディアッカか……とアスランは呟く。
「……ディアッカに踊らせるんですか?」
 まぁ、彼の民族舞踊は見事だと思うが……とニコルは考え込むような表情を作る。
「でも、それには部屋の中が狭くありませんか?」
 静かなようでいて、結構激しい動きをするではないか。そう彼は問いかけてきた。
「そうだったか?」
「そうですよ」
 忘れていたのですか? と言われて、アスランは苦笑を返す。
「まぁ……アスランにとって重要なのはキラさんに関することだ、というのは知っていますけどね」
 自分たちの趣味を覚えていてくれるだけましなのか。ニコルはこう言ってわざとらしいため息をついた。
「悪かったって」
 こうなってしまえば、キラよりも先に彼の機嫌をとらないと。でなければ、今後、協力してもらえなくなるかもしれない。
「ニコルのピアノやラクスの歌はよく耳にさせて貰っているが、ディアッカの踊りはなかなか見る機会がないから、な」
 本人も気軽に踊ってはくれないし、と口にする。
「それはそうかもしれません」
 確かに、なかなか見る機会がない、とニコルも同意をしてくれた。
「広さ、と言えば……いっそのこと、中庭で踊ってもらうか」
 本人が踊ってくれるなら、とアスランは付け加える。
「それはそれで楽しそうですね」
 それならば、広さは十分だ……と彼も呟く。
「だろう? あぁ、いっそのことラクス達も巻き込むか」
 そこまですれば、いくらキラだって、いつまでも閉じこもっていられないだろう。
「否定できません」
 そのまま、うまく流れに乗せられれば、キラがバイオリンを弾いてくれるかもしれない。その可能性に気付いたらしいニコルが顔をかがやかせる。
「そうでなくても、ザラ閣下がお持ちになった手紙のことを一瞬でも忘れてくれますよね」  なら、すこしでも早く声をかけて準備をしないと。この言葉とともにニコルは動き出す。
「無理強いはするなよ?」
 いくらキラのためでも、と付け加えれば「わかっています」と言葉が返される。ならば、任せておくべきだろう。自分が口を出すよりもその方がいいに決まっている。
 アスランはそう考えながら、ニコルの背中を見送った。


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