それからの数日間は、それ以前の日々とは比べものにならないくらい穏やかだった。
 だが、それは決して事態が収拾したからではない。
 おそらく、この区画のセキュリティが最高値まで引き上げられたから、だろう。
「……だが、このままですむはずがない」
 むしろ、オーブからの使節が来る前に何かをしかけてくるに決まっている。アスランはそういいきった。
「そうだな」
 不本意だが、とイザークも頷いてみせる。
「でもまぁ……おかげでダミーが完成したんだし、いいんじゃね?」
 後は、これを使って相手を引っかけるだけだろう? とディアッカが笑った。
「だが、その役目を誰に任せるんだ?」
 キラにはさせられない。それはアスランも含めた者達の共通の認識だ。
 では、誰が?
 ある意味、それが一番難問ではないか。
「俺たちでは相手に警戒をされるだろうからな」
 見た目で、とイザークは付け加える。
 しかし、自分たちがやった方が気が楽だ。そんなことを考えながら、アスランは口を開いた。
「ニコルと……ラクスがやる、と言っている」
 ため息混じりに付け加えられた言葉に、二人の顔が強ばる。
「……マジ?」
 おそるおそるというようにディアッカが問いかけてきた。
「本気だそうだ」
 既に、その段取りもつけているらしい。アスランはそう続けた。
「命知らず、だな……」
 どちらが、と言われなくても想像が出来てしまう。
 しかし、それが一番確実な手段だとわかってはいるのだろう。それも複雑な気持ちを消せないらしい。
「……何故、ラクス嬢……」
 ようやくアスランの言葉を飲み込めたのか。イザークがこう呟く。
「そんな危険なことを、女性にさせるな!」
 さらにこう詰め寄ってくる。
「……ダミーを持つのはニコルの方だ」
 これで納得をしてくれればいいが。そう思いながらアスランは告げる。
「それに、目的地までは車で移動をする。近くまでは、ザフトの装甲車が偶然、同行することになっている」
 それが誰の差し金か。それは言わなくてもわかるだろう。
「目的地には、ラクスのファンクラブのメンバーが待ちかまえている予定だ。ファンクラブのリーダーはキラのファンでもあるからな」
 無条件で引き受けてくれたよ、とアスランはさらに言葉を重ねた。
「……だからといって」
「ニコルが、殺しても死なない人間だ、とわかっているだろう?」
 ついでに、簡単にケガをするはずもない。そういう意味では自分たちの中では一番適任者ではないか。
「……そうかもしれないが……」
 流石のイザークも、ニコルの身体能力に関しては心配していないらしい。
「だが、ラクス嬢を巻き込むとは……」
 結局、イザークが引っかかっているのはその一点のようだ。
「……ラクスは、実は強いぞ」
 それに対して、アスランはこう言い返す。
「月にいた頃、襲ってきた馬鹿を投げ飛ばしたあげく、股間を蹴り上げて入院させた経験の持ち主だ」
 キラに比べてはもちろん、自分たちとも互角にやり合えるのではないか。アスランはそう考えている。
「嘘だろう?」
「本当だ」
 見た目にごまかされるな、とアスランは苦笑を浮かべた。
「だからこそ、反対できなかったんだが」
 今回はともかく、そうでなければ犯人の命の方が心配になる。そうも付け加えれても、イザークはまだ信じられないらしい。必死に首を横に振っている。
「ともかく、今頃、ラクスとニコルが自分たちのブログであれこれ書いているはずだ」
 犯人を釣るために、とアスランは言った。
「もう動き出しているってことか」
「あぁ。それを止めるには、それ以上の作戦を出さないといけないだろうな」
 さらに付け加えた言葉に、イザークは顔をしかめる。
「……それが出来たら苦労はしない」
 それ以上、言うセリフはないのだろう。
「確かに」
 後は、しっかりとバックアップをするだけだ。アスランはため息とともにこう付け加えた。


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