「まったく……どうせなら最初に出してくれればいいものを」
 こう言いながら、イザークは小さな箱をテーブルの上へと置いた。
「イザーク?」
「ベリーパイだそうだ」
 エザリアが自分の好みで選んできたから、あまり甘くないものだろう。イザークはそう告げる。
「……ともかく、落ち着くのが先決だろう」
 報告は、食べながらでも出来るから、と彼はさらに続けた。
「そうだな」
 そうするか、と口にしたときだ。
「キラ?」
 いきなり、キラがアスランから離れる。
「どうかしたのか?」
 ディアッカも不審に思ったのだろう。そう問いかけている。
 キラはそんなアスラン達の疑問に答えるかのようにバイオリンに手をかけた。そのまま、自分の方へと引き寄せている。
「……確かに、それが原因だろうが……」
 だが、連中が思い違いをしている以上、こちらには打てる手はない。アスランはそう呟く。
「偽物を用意するわけにもいかないしな」
 ディアッカはディアッカでこう告げる。
「……不可能ではないかもしれませんよ?」
 不意にニコルが言葉を口にした。それに、キラが驚いたように彼の顔を見つめる。それに気がついたのだろう。ニコルは優しい笑みを浮かべた。
「もちろん、音までは再現できませんが……外見だけならば、方法がありますよ」
 しかし、直ぐにばれる程度のできでしかない。それでも、犯人の居所を掴むには十分ではないか。
「って、どうしてその方法に気がつかなかったのでしょう、僕は。そのバイオリンとケースのデーターは既にあるじゃないですか」
 それを遣えばいいだけなのに、と彼は叫ぶように口にした。
「ついでにそれにGPSでも仕込めば、犯人の居場所が特定できるじゃないですか!」
 バカを一網打尽に出来るチャンスじゃないか。そうも彼は続ける。
「いいな、それは」
 ニヤリ、と笑いながらディアッカも頷いてみせた。
「外見だけでいいなら、一日もあれば作ってもらえるはずです」
 そして、そのような粗悪品でも連中がアジトに持ち帰るまではごまかせるのではないか。
「……実行に移すか?」
 イザークは確認をするようにアスランを見つめてくる。
「どうする、キラ」
 それに関しての決定権はキラにある……とアスランは続けた。それに彼は意を決したようにアスランの瞳を見つめ返してくる。
「実行に移していいんだな?」
 こう問いかければ、彼はしっかりと首を縦に振って見せた。
 いや、それだけではない。
 そうっとバイオリンを取り出すと、空になったケースをアスランの方に差し出してくる。
「キラ……」
 その意味がわからないはずがない。
 だが、とアスランは思う。
「本当にいいのか?」
 傷を付けないようにはする。だが、それでも手を入れることには間違いないのだ。それがキラの思い出を傷つけることになるかもしれない。
 それでもいいのか。
 こう問いかければ、キラはまた頷いてみせる。
 きっと、これのせいでもう誰かが傷つくかもしれない状況がいやなのだろう。
「……わかった」
 アスランは小さく頷き返した。
「……ところで」
 状況が一段落したと判断したのだろう。ニコルがディアッカ達に微笑みかける。
「外の様子はどうだったんですか?」
 まだ教えて貰っていないが。そう彼は続けた。
「あぁ。外壁が少し焦げただけだな」
 傷一つついていない、とディアッカが笑う。その理由も、アスランは知っている。もちろん、キラ以外の他の三人も、だ。
「……さすがは、戦艦の外壁に使われているのと同じ素材だ」
 いいのか、それは。
 最初にその話を聞いたときには本気で悩んだ。だが、このような状況に置かれて、初めてありがたいと思う。
「……次回はどう出てくるか。ともかく、セキュリティだけは厳しくして貰わないとな」
 そして、早々に犯人を捕まえる。イザークがここまで熱くなるとは、犯人がかわいそうかもしれない。
 アスランは心の中でそんなことを考えていた。


INDEXNEXT



最遊釈厄伝