「一曲、聞かせてくれないかな?」
 久々に、とエザリアに言われて、キラはバイオリンを取りに行った。その背中を見送りながら、アスランは微かに目をすがめる。
「……キラは?」
 その意味がわかったのだろう。イザークがそっと問いかけてくる。
「まだ、結論が出せないみたいだ」
 まぁ、当然だろうが……とアスランは続けた。
「あいつにしてみれば、あの修理の痕も、おばさま方の記憶に繋がるもの、だからな」
 元通りになるだろうとはいえ、その思い出に無遠慮に触れられると感じて当然だろう。そして、自分たちとは違って、キラは新しい思い出を作れないのだ。
「……確かに」
 だが、とイザークは眉根を寄せる。その表情から、彼が何かを知っているのではないか、とアスランは思う。
「何かあったのか?」
 エザリア達の訪問も、それが関係しているのではないか。そう考えて、問いかける。
「……ディアッカが、今、調べている」
 それに対して、彼はこう言い返してきた。
「そうか」
 つまり、それがあるからこそ、レノアをはじめとする者達がここしばらく、まめに顔を出していたと言うことか。
「もっとも、俺たちが誰か、キラの側にいれば何とか出来る事態だ、と思うが」
 それでも、不安は消せない。彼の表情がそう告げている。
「何事もないのが、一番だが」
 それでも、万が一の可能性を否定できない。
 こう言ってしまうのは、キラの両親の一件があるからだ。ハルマの立場上、それなりのセキュリティを施された家で暮らしていたにもかかわらず、彼等の命は失われてしまった。
 その地よりもプラントの方が警備は厳しい。そもそも、この地に入国する他国の人間自体が制限されている状況なのだ。
 それでも、どこからわいてくるのかわからないのが《ブルーコスモス》と言う存在でもある。
 だから、とアスランが眉根を寄せたときだ。ケースを抱えたキラが楽譜と共に戻ってくる。どうやら時間がかかっていたのは、楽譜を探すため、だったらしい。
「珍しいな」
 キラが楽譜を持ってくるとは、とイザークが呟く。
「確かに」
 彼はいつも、楽譜を暗譜しているのに。
 そんなことを考えながら、二人の様子を見つめる。そうすれば、キラは楽譜を開いて何かを確認するようにエザリアを見上げた。
「……どうやら、母上がキラにリクエストをしているようだな」
 きっと曲名を覚えていなかったのだろう。だから、キラが確認のために楽譜を引っ張り出してきたのではないか。イザークが呟いた。
「キラには、それ以外に確認の方法がないから、か」
 一番確実な方法をとったのだろう。アスランもこう言って頷いてみせる。
「あるいは、母上が何か無理難題を言ったのかもしれないが」
 イザークが苦笑を浮かべた、まさにその瞬間だ。
 どこからか、爆発音が響いてくる。
 それだけではない。
 室内が衝撃で揺れる。
「キラ君!」
 それにパニックを起こしそうになったキラを、エザリアがしっかりと抱きしめた。
「大丈夫だ。何も心配はいらない」
 そのまま、そっと彼の背中を撫でている。
 だが、キラはトラウマを刺激されてしまったのか。目を見開いたまま身動きをすることも出来ないようだ。
「アスラン! キラと母上を頼む」
 まずはキラを落ち着かせなければ。そう思っていたアスランの耳に、イザークの言葉が届く。
「イザーク?」
「状況を確認してくる」
 大丈夫、直ぐに戻る……と彼は続けた。
「イザーク」
 そのままきびすを返そうとした彼を、エザリアが呼び止める。
「必要であれば、私の名前を出しなさい。お前の顔を見て、私との関係を疑うものはいないでしょう」
 だが、と彼女は続けた。
「もし、それでも何かを言うようなものがいたときには、遠慮なく連絡を寄越しなさい」
 自分が後始末に乗り出す。そう告げる彼女の言葉から、あるいは、彼女たちは何かを知っているのかもしれないとアスランは判断した。
 だが、それならば後で確認すればいい。
 それよりも……と思いながらキラの側に歩み寄る。
「キラ、大丈夫だ」
 そして、そっとその頬に触れた。
「誰も傷ついていない。誰も失われていないから、落ち着いて」
 直ぐにみんなも駆けつけてくる。だから、と安心させるように声をかけ続けた。
 そんな彼の声にキラは視線を向けてくる。それでも、彼はまだ不安を消すことが出来ないらしい。
「大丈夫だよ、キラ」
 こう言い続けるしかできない自分に、アスランは悔しさを感じていた。


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最遊釈厄伝