そのせいではないと思うのだが、パトリックが来たときにはキラは疲れ切った表情をしていた。
「……どう、したのかな?」
 彼が絶句をするくらいだから、かなり酷い表情だったのではないだろうか。
「何でもありません。ねぇ、キラさん?」
 その問いかけに答えたのは、キラではなくニコルだ。
「ちょっとご飯を抜かれただけですよね?」
 それに関して、ちょっとお小言を言わせて頂いただけです……と彼はキラが隠しておきたいと思っていたことまで口にしてくれる。とっさに遮りたくても、相手がその行動を予想していては出来ないのだ。
「キラ君。食事だけはきちんと取りなさい」
 ため息とともにパトリックはこう告げる。
「本当は、本宅か別宅にいて貰った方がいいのだろうが……」
 さらに続けられた言葉に、キラの体が強ばった。
「あぁ、そんなに恐がらなくてもいい。そのようなことはするつもりはない」
 キラにとって、今の環境が一番いいことはわかっている。そして、アスランにしてもそれが精神的にプラスになっていることも知っているよ、とパトリックはすぐに口にした。
「ただ、誰かもう一人、君のことを監視してくれる人間が必要なのでは、と思っただけだ」
 そうすれば、他の皆も安心できるのではないか。この言葉は否定しきれない。
『わかっています』
 キラはキーボードを使って言葉を打ち込む。
『僕が、アスランの負担になっていることも』
 自分がいなければ、アスランはもっと別の選択が出来たのではないか。それはキラがいつも感じていたことだ。
「キラさん! そんなことはありません」
「確かに。アスランは君の存在を負担だ、とは思っていないな」
 それに、とパトリックは続ける。
「君も私にとっては息子のような存在なのだよ。だから、あまり卑屈にならなくていい」
 だから、あまり悩まずに普通にしていてくれていい……と言われても、すぐに頷けない。それは、自分がこの状況を《是》としていないからだろう。だからといって、どうすればいいのかもわからない。結局はそのままずるずると現状に甘んじてしまっている。
「そんな表情をさせてしまったとばれては、後で私がレノアに怒られるな」
 アスランがいないときに来て正解だったか。
 パトリックのこの言葉は、ひょっとして場を和ませる冗談だったのだろうか。キラは思わず首をひねりたくなる。それでも、確かに少しだけだが気が楽になった。
『それで、おじさま……今日はいったい何のご用でしょうか』
 今ならば、聞いても構わないだろうか。
 そう考えて、疑問を投げかける。
「たいしたことではないのだがね」
 ならば、何故、アスランがいるときではなかったのか。あるいは、たんに時間が取れなかっただけ、と言う可能性もあるけど、とキラは思う。
「アスランが知ったなら、必ず怒るだろうと思えることだよ」
 それでも、キラに知らせないわけにはいかないから、といいながら彼は胸元に手をやる。そして上着の内ポケットから一通の封筒を取り出した。
「君あての手紙だよ」
 いやならば、読まなくてもいい。パトリックはそう続ける。ただ、キラの手元に届いたと言うことが重要なのだ、とも続けた。
 政治的な意図がある、と言うことは、差出人はあの国の人なのだろうか。
 そう考えながら、キラはパトリックからそれを受け取った。そのまま、何気なく裏返して差出人を確かめようとする。
 しかし、それよりも早く、封蝋の紋章が目に入ってきた。それを確認して、キラは思わず目を丸くしてしまう。
「キラさん?」
 どうかしたのか、とニコルが問いかけてきた。
『今更、連絡をくれるとは思っていなかった相手だったから』
 あの時、自分を見捨てた――正確には違うのかもしれないが、キラにはそうとしか思えなかった――のに、と心の中だけで呟く。
 それについて、怒っているわけではない。
 ただ、哀しかったのだ。
 その日から、もう三年以上が立っている。その間、個人的な繋がりはあったが、こんな風に正式な手紙が来たことはない。だから、余計に理由がわからないのだ。
「今、この場で開けなくても構わないのですよね?」
 キラの態度から何かを感じ取ったのだろう。ニコルがパトリックに問いかけている。
「もちろんだ。読まなくても、誰も何も言わない」
 それであちらが何かを言ってきても、自分たちの方でシャットアウトするから、とパトリックは頷いた。
「あくまでも、君の意志だからね」
 それはあちらもわかっているはず。だから気にしなくていい。
『ですが、本当にいいのですか?』
 そのせいで、国と国の関係が悪くならないのか、とキラは問いかける。
「もちろんだよ」
 そんな個人的なことであれこれ言うような相手ではない。だから、心配しなくていい。
 こう言って微笑むパトリックに、とりあえずキラは頷いて見せた。


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