至れり尽くせりというのだろうか。ロミナはしっかりと夕食の下ごしらえまでしていってくれた。
 その分、時間的な余裕が出来た……と言うことは否定できない。
「アスラン? それに皆様も。当然、お話くださいますわよね?」
 にっこりと微笑みながら、ラクスがこう問いかけてくる。
「キラも気になりますわよね?」
 彼女のこの言葉に、キラもまた小さく首を縦に振って見せた。その瞳が不安げに揺れていることも見逃さない。
 さりげなくニコル達のほうへ視線を向ければ、まずはアスランが口火を切れと彼等の表情が告げている。
「……とりあえず、バイオリン自体には何の細工もされていなかった」
 この言葉に、キラはほっとしたような表情を作った。
 しかし、ラクスは違う。
「バイオリンの方は、ですか?」
 微妙に言い回しを変えて彼女は聞き返してくる。
「と言うことは、ケースの方に何かあったのでしょうか?」
 さらにこう付け加えた。この察しの良さも彼女の魅力だ。しかし、もう少し状況を考えて欲しかった、と言ってはいけないのだろうか。
 キラの手がアスランのそれに添えられる。その指先が、微妙に冷たくなっていた。
「ケースの……ほら、前にキラが引っかけて内張を破いてしまったところがあるだろう?」
 泣いていたキラの前で、カリダが苦笑と共に直してくれた場所。
 そこに後からメモリを隠したらしい。
「それは見つけたけどね……流石に、中に何が収められているのか、わからない」
 取りだしていいものかどうか、わからなかったから……とアスランは付け加える。
「答えは急がない。だから、どうしたいのか、ゆっくりと決めればいい」
 そうでなくても、イザークがキラに有利な証拠を見つけてくれたしな……と口にしながら、視線を向けた。当然、キラの視線も彼の方へ向けられる。
「そのバイオリンは、正式にお前のものだ。公文書が残っているのを見つけた」
 しかも、オーブの法律に則った書式で、と彼は続けた。
「だから、何を言われてもお前は無視して構わない」
 もちろん、プラントの不利益になるはずがない。正式な書類がある以上、難癖をつけているのは向こうの方だ。そう彼は続ける。
「それは良かったですわ」
 キラの微笑みを見て、ラクスも微笑む。しかし、彼女はそれ以外のことを自分たちが調べ上げたことも気付いているのだろう。さりげなく向けられた視線が、それを物語っている。
 しかし、それを口にすることはない。
 もっとも、後でタイミングを見計らって報告をさせられるだろうが。その役目はニコルあたりに任せておけばいいのかもしれない。アスランはそう判断をした。
「しかし……当然、それはあちらの方々もご存じなのですわね?」
 それなのに、どうしてそんな無理難題を言ってきたのか。ラクスは可愛らしく首をかしげながらこう告げる。
「それは、俺たちにもわかりません」
 知っていれば、直ぐに対処が取れただろう。アスランはそう言い返す。
「……キラなら、何か知っているかもしれないが」
 不意にディアッカがこんなセリフを口にした。
「ディアッカ?」
 何を、とアスランは彼をにらみつける。
「キラがわからないって言うのもわかってるよ。逆に言えば、キラにとって、それは普通の行為だったんじゃないか?」
 しかし、その行為自体が別の意味で重要だったのではないか。
 だが、その行為がそれだけ重要なのかどうかは、きっと、難癖言ってきた連中にもわかっていないのではないか。
「ただ、その鍵がキラのバイオリンにある。それだけはわかっている、と」
 だから、手っ取り早く検証をするために、キラからバイオリンを取り上げようとしているのではないか。
「あくまでも、俺の推測、だがな」
 しかし、その可能性は高いのではないか。
「と言うことは……最悪、キラの身柄も危険にさらされかねない、と言うことか」
 イザークが眉根を寄せながらこう呟く。
「少なくとも、ここにいれば安全だとは思うが……」
 だが、誰かが側にいるようにした方がいいだろう。
「キラさんにとって当然でバイオリンが関わっていると言えば、演奏ぐらいですよね?」
 ニコルが不意にこう言ってくる。
「そうですわね。それならば、キラがはっきりと覚えていなくても当然ですわ」
 演奏をすることは自分たちにとって当然のことだから、とラクスも頷く。
「ともかく、焦るな」
 それが一番重要だ。いいな、とアスランはキラに声をかける。しかし、キラは直ぐに頷いてはくれなかった。


INDEXNEXT



最遊釈厄伝