やはり、と言うべきなのか。それとも……とアスランは眉を寄せる。
「メモリーか……」
 ケースの内張の裏側に、何やらそれらしきものがあるらしい。ケース自体を確認すれば、その周囲には修理をした後もある。おそらく、その時にここにこのメモリーを忍ばせたのだろう。
 それが出来た人間は……と考えれば、該当者は絞り込める。
「だが、本当にこれなのか?」
 彼等の性格を知っているが故に、ついついこんなセリフを漏らしてしまう。
「アスラン?」
 何を言い出したのか。言外にこう滲ませながら、ニコルが問いかけてくる。
「確かに、これも重要なものなんだろうが……本当におじさん達が隠したかったのはこれなのか。そんなことを考えて、な」
 ハルマのイタズラ好きは覚えているだろう? とアスランは逆に聞き返す。
「それに関しては否定しませんが……」
 しかし、それならば何故……とニコルは口にする。
「あるいは……あちらは、自分たちが探している物の正体を知らないのかもしれないな」
 ただ、それに関するヒントが《キラのバイオリン》にあると言うことだけはわかっているのかもしれない。
「その可能性は、否定できませんね」
 無理矢理聞きだそうとしても、ウズミもカガリもそう簡単に口を割るはずがない。
 それでも、情報はどこからか漏れるものだ。
 しかし、それが正確なものだ、とは言い切れないだろう。
「……ともかく、それの中身は確認しておかないといけないが……」
 ここで勝手に取り出すわけにはいかない。やはり、キラの許可を得てからにしないと……とアスランは呟く。
「そうですね」
 別に、これはここで確認しなくてもいいものだ。ニコルもその言葉には即座に同意をしてくれる。
「我々としては、その中身よりも、バイオリンの構造の方が気になるからね」
 技術者はこう言って笑う。
「できれば、生の音をこの耳で聞きたい、と思うよ」
 録音したものであれば、何度か聞いたことがあるが。そういう彼にアスラン達は苦笑を浮かべる。
「すみません」
 今のキラの様子であれば、不特定多数の人間の前で演奏をすることは不可能だと言っていい。それは、彼の希望を叶えるのが難しい、と言うことでもある。
「……でも、僕の部屋からでしたら、あるいは……聞くことが出来るかもしれませんね」
 キラの気分次第だが、とニコルが微笑みながら口にした。
「データーの解析が終わったら、それを持って顔を出してください」
 アスランにとっても、興味があるだろうから……と彼は付け加える。
「そうだな。温かくなれば、中庭で弾くだろうし」
 もっとも、それにはそれなりの下準備が必要だが……とアスランは心の中で呟いた。だが、その時は自分も一緒に中庭に出ればいいだけのことだから、難しくはないか。
「事前に連絡をして頂ければ、多分、大丈夫だと」
 そこまで考えて、アスランはこう告げる。
「楽しみにしているよ」
 いい音を聞くのは、心の栄養だからね。そういう彼も、本当に音楽が好きなのだとわかる。そんな人間であれば、キラも気にいるのではないか。
 そういい人が増えていけば、あるいは、今はあの部屋の広さしかないキラの世界が、もっと広がっていくのかもしれない。
 実際、最初は窓に近づくのも恐がっていた彼が、今は何とか中庭まで出られるようになったのだから。
 もっとも、焦ってはいけないと言うこともわかっている。
「では、バイオリンとケースは持って帰って構いませんね?」
 ニコルが彼に向かってこう問いかけた。
「あぁ。とりあえず内部のデーターは取り終えたし……ついでに、使っているニスや何かのデーターも保存できたから、構わないよ」
 いつの間に、と言いたくなるような仕事の速さだ。それとも、それも全て一度に調べられるようにセットされているのかもしれない。だとするなら、それこそザフトが欲しがるな……と考えてしまったのは、パトリックの存在を思い出してしまったからなのか。
 あるいは、ユーリと繋がりがあるのかもしれない。ニコルと知り合いだと考えればその可能性は否定できないな、と心の中で呟いた。
「傷は付いていないと思うけど、一応、確認してもらえるかな?」
 彼のそんな言葉がアスランの意識を現実に戻す。
「はい」
 頷くと、アスランは一歩前へと足を踏み出した。



INDEXNEXT



最遊釈厄伝