目の前でケースとバイオリンがセンサーの中に吸い込まれていく。
「大丈夫だよ」
 よほど不安そうな表情を作っていたのか。技術者が優しい口調で声をかけてくれる。
「これはMRIと同じような仕組みでね。本体には何の影響も与えない」
 それでいて、1ナノメートル単位でものの形状をとらえることが出来る優れものだ。だから、どれだけ薄いものでも見つけられる。
「もっともMRIと違って磁気を使っていないからね。カードに収められたデーターも破壊することはない」
 それはアスランも知っている。だからこそ、ここで調べて貰おうと決めたのだ。
「ただ、少し時間がかかるのが難点だがね」
 慎重に作業を進めるとなると、この大きさでもスキャンをするだけで四時間ぐらいかかってしまう。その後にデーターの解析を行うとなれば、さらに丸一日、だ。
「……そうですか」
 だが、それでもバイオリンを傷つけずにすむだけましだろう。アスランはそう考えることにする。
「しかし、いいバイオリンだね」
 丁寧な作業がされている、と彼は目を細めた。
「名器ではないが名品だね」
 その言葉に、ニコルが頷いている。
「しかし」
 ふっと何かに気が付いたというように彼は首をかしげた。
「これはバロック式の作りになっているね。最近では珍しい」
 もっとも、職人の好みなのだろうが、と彼は付け加える。
「そうなんですか」
 音のこととなると好奇心を抑えきれないのか。ニコルはこう言って彼にあれこれ質問をし始めた。
 それを聞きながら、アスランは少し考え込む。
 ひょっとして、キラが自分の作ったバイオリンを気に入ってくれない理由にはそれも含まれているのだろうか。楽器を弾いたことがない自分には、どう違うのかがよくわからない。しかし、キラにとってはこだわるべき内容だったのか。
 どういう風に違うのか、後でゆっくりと調べてみよう。
 それから、一つ自作してみればいい。
「……キラが気に入ってくれるかどうかは、わからないけどな」
 でも、自分が作りたいから作っているのだ。あるいは、自己満足のためだけに作っているのだろうかもしれない……とその瞬間、気付いてしまう。
 キラに対し、自分の気持ちを押しつけているだけなのか。しかし、本人にそれを問いかけても、決して『そうだ』だなんて言わないだろう。
 だからといって、何もしないではいられない。
 そんなことを考えていたから、だろうか。
「アスラン?」
 不審そうにニコルが問いかけてくる。
「どうかしたか?」
 反射的にそう聞き返す。
「何かしたか、ではありません。いきなり黙り込んだのはアスランの方ですよ? どうかしたのですか、と聞きたいのは僕の方です」
 そんな彼に向かって、ニコルが淡々とした口調で問いかけてくる。
「俺には口の挟めない内容だったから、な。聞き役に回っていたんだが……」
 そのうちに、あれこれ考え始めてしまっただけだ。苦笑と共にそう付け加える。
「いいバイオリンではあっても、そう珍しいものではない。それなのに、どうしてあんな主張をしてくる人間がいるのか、と」
 今朝、出てくる前に書類を調べたが、少なくとも自分には瑕疵が見つけられなかった。つまり、書類上でもこのバイオリンはキラのもので間違いはない。
 しかも、だ。
 レノアがきちんとあれこれ手を打っていてくれた。
「調べれば、あちらの主張が通らないくらい、直ぐにわかるだろうに」
 それでもあんな手紙を送ってきたのは、本当にどうしてなのか。それを考えてしまうのだ……とアスランは口にする。
「それを調べるためにここにきているんだ、というのはわかっているがな」
 苦笑と共にそう締めくくった。
「確かに。これの価値は、半分以上、僕たちの思い入れ、ですから」
 だが、それこそが重要なのだ。そうニコルは口にする。
「……これがカガリさんなら、まだわかりますが……でも、あの方が一番、このバイオリンはキラさんの手元にあってこそその価値を持つのだ、とご存じだと思うんですよ」
 本当に、どうしてなのか。
 その理由が、今回のことでわかればいいのに。そういって頷きあう二人だった。



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