朝から、アスランはニコルと共に出かけていった。その手には、あの傷ついたケースとバイオリンが抱きかかえられていた。 彼等が二人で約束してくれたのだから、何も心配はいらない……とわかっている。それでも、何故か落ち着かない。 「どうかしましたか、キラ」 静かな口調でラクスが問いかけてくる。そんな彼女に、何でもないというようにキラは首を横に振って見せた。 「そう、ですか?」 しかし、彼女は直ぐにそれを信じてはくれない。 だから、キラは素直にバイオリンがないからだ、と身振りで告げた。 「あぁ、そういうことですの」 ただそれだけのことなのに、ラクスはあっさりと頷いてくれる。 「大丈夫ですわ。ちゃんと夜までには持って返ってきてくれます」 あの二人はキラとの約束を必ず守るでしょう? と彼女は微笑む。それはわかっている。でも、側にないと落ち着かないのだ。 あるいは、あれに何か重大なヒミツが隠されている可能性を突きつけられてしまったから、か。 アスラン達はもちろん、パトリックやシーゲル達だって自分から無理矢理、あのバイオリンを取り上げようとは思わないだろう。 だが、他の者達はどうだろうか。 考えてもしかたがないことだ、とわかっていても不安になってしまう。 「キラ」 ラクスが少し厳しい声音で彼の名を呼ぶ。 「余計なことを考えてはいけませんわ」 それはキラにとって良くないことだ。そう彼女は続ける。 「それに悩まれる必要はありません。最高評議会議員の半数は、キラの味方ですわ」 半数の票がある以上、迂闊なことをするものはいないはず。そして、状況によってはさらにキラの味方が増えるかもしれない。 「だから、何も心配いりません」 それに頷いていいものかどうか。 自分一人のことでオーブとの関係が悪化するような事態になっては……とキラは首をかしげる。 「正当な権利はキラにあるのです。書類も、こちらに残っていますわ」 それに、とラクスは笑みを深める。 「あちらが無理強いをしてきたとしても、あくまでも個人と個人の関係です。それを国交にまで広げることの愚はあちらもわかっておられるはずです」 そんなことをすれば、オーブの首長家そのものが笑いものになる。だから、キラ個人に脅しをかけてきたに決まっている。 「もっとも……アスハの方々であれば、わたくしたちが無条件でキラの味方をすることはご存じのはずなのに」 イザークの専門は法律だから、そのあたりのことは任せておけばいい。それでなくても、エザリアのバックアップが受けられるとウズミとカガリであれば知っているはずだ。 「そのあたりのことは、わたくしが調べておきますわ」 それよりも、キラ……とラクスは微妙に微笑みの色を変える。 「わたくし、キラにお願いがありますの」 何、と言うようにキラは先ほどとは反対の方向へと首をかしげて見せた。 「わたくしとニコルとで、内緒の計画を立てておりますの」 もちろん、アスランにもだ……と彼女はさらに笑みを深める。 「それにキラも協力していて頂きたいのですわ」 そういわれても、とキラは視線だけでラクスに訴えた。内容を聞かなければすぐに頷けない。 「簡単なことですの。キラにバイオリンを弾いて頂きたいのですわ」 ただ、と彼女はさらに言葉を重ねる。 「キラがいつも使っているバイオリンではなく……デジタルのそれになります」 直接、データーとして取り込んでしまいたいのだ。彼女はそう続ける。 それならば、打ち込みでもいいのではないか。 今までだって、ラクスのためにDTMのデーターを作ったこともあるのに。 「打ち込みですと、綺麗にできすぎますわ。わたくしとしては、今回だけは……何と申し上げればいいのか、うまく表現できませんけど」 言葉とともにラクスは可愛らしく首をかしげる。 「デジタルだけれども、音の揺れが欲しいのです。わたくしの歌もニコルのピアノも、同じように、全て実際に演奏したものをデジタルに変更させて頂く予定です」 その上で、ニコルがアレンジを加え、匿名で曲を配信するのだ。そう彼女は続けた。 「わたくしでもニコルでもない。ただの一個人としての曲がどれだけ皆様に受け入れられるのか。それが知りたいのですわ」 だから、キラにも協力をして欲しい。それはとても魅力的なものだと思える。 しかし、それだけでは音の厚みがないのではないか……とも思ってしまう。 「わかっていますわ、キラ。ですから、DTMのデーターも一部は使う予定ですの」 ただ、それはリズムパートだけ……と彼女は言葉を返してくれる。 「協力して頂けまして?」 彼女たちがそこまで考えているのなら……とキラは静かに、だが力強く頷いて見せた。 |