机の上に置いておいた端末が小さく震えている。
 いったい、誰からだろう。そう思いながら、キラはそっとそれに手を伸ばした。そして、液晶に映し出されている名前を確認する。
 そこには、珍しい人の名前が映し出されていた。
 いったい、どうしてパトリックが……と首をかしげる。
 これが他の誰か――幼なじみ達や自分の主治医であるタッド――であれば、ここまで驚かなかっただろう。確かに、彼が自分の後見役をしてくれているとは知っている。それでも、彼が直接、自分に連絡を取ってくることはなかったはずだ。
 だから、と言って無視をするわけにはいかない。
 彼が連絡を寄越すとすれば、間違いなくメールで、だろう。通話では自分が答えを返せないと知っているはずだから。そう考えながら、端末のモニターを開く。同時に、キラの視界に几帳面にならんだ文字が飛び込んできた。
 しかし、その意味がわからない。
 別に、ここに来るのは構わない、と思う。
 と言うよりも、保護者としては当然の事ではないか。実際、彼の妻であるレノアは、月に一度は押しかけてきている。だが、彼女以上に忙しい彼はアプリリウスの別邸にいることが多く、ディセンベルの本宅にも足を運べないと聞いていた。それなのに、どうして……とは思う。
 できれば、アスランがいるときに来て欲しかったな。
 こう考えながらも、キラは返事を打ち込んでいく。
 送信を終えると、そのまま端末をテーブルの上に置いた。そして、まだ放置されていた食器をキッチンへと戻していく。その上にかなりの量の料理が残っていたことは気にしないことにした。
 その間にも、返信が届いている。
 性急とも言えるその行動に、キラの頭の中ではさらに疑問がふくらんでいく。同時に、不安も増してきた。
 これは、誰かに一緒にいて貰った方がいいかもしれない。
 パトリックは、自分の状況を知っている。それでも万が一の時の対処法までは知らないのではないか。
 だから、一人で彼に会うのは怖い。
 それでも、そのためにアスランをはじめとする者達の邪魔をするわけにはいかない。
 では、どうしようか。
 そう考えれば、答えは一つしか出てこない。
 この時間、付き合ってくれそうな人に声をかける、と言うことだ。
 でも、誰かいるだろうか。
 こう考えながら、キラは端末を使って友人達のスケジュールを確認する。そうすれば、付き合ってくれそうな人間をすぐに見つけることが出来た。
 それでも、自分のために迷惑をかけてはいけない。
 だから、と気をつけながらメールを書く。
 いやなら、断ってくれてもいい。そうも付け加えたメールを送信するのに、パトリックに対するそれよりも時間がかかったのはどうしてなのか。
 きっと、彼等に対する後ろめたさ、のようなものがあるからだろう。
 彼等が望んでいることを、自分は叶えることが出来ない。
 それなのに、誰もそんな自分を責めようとしないのだ。
 逆に、誰もがキラを大切にしてくれる。その優しさが嬉しいと同時に、どこか辛いと感じてしまうのはワガママなのかもしれない。
 でも、だからといって、彼等の手を放すことも出来ない……とキラは小さなため息をつく。
 その瞬間だ。
 手の中の端末がメールの着信を伝える。同時に、インターフォンも鳴り響いた。
 いったい、何故。
 そう考えながら、反射的に端末のモニターへと視線を落とす。
【今、外にいます。玄関を開けてください。    N】
 そこには、たった今メールを送った相手からのこんな返信が表示されていた。それを確認すると同時に、キラは慌てて玄関へと向かう。そして、ドアのロックを外した。
「すみません、キラさん。いきなり押しかけてきて」
 ニコルが微笑みながら言葉を口にする。
「でも、おいしいケーキをいただいたので、どうせなら、ご一緒して頂こうかと思っていたんですよ」
 そこにキラかのメールが来た。だからこれ幸いと押しかけてきたのだ。彼はそう続ける。
 彼のその言葉が本当なのかどうかはわからない。
 でも、その気遣いを無駄にするわけにはいかないのではないか。それに、ケーキは食べたいかも。そんなことを考えて、キラはニコルに入るように促す。
「御邪魔しますね」
 こう言いながら、彼は自然な仕草で玄関をくぐる。
 そのままなれた様子で彼はリビングへと足を向けていた。それだけ、彼はこの部屋へと足を運んでいるのだ。だから、キラもそんなにコルの態度は気にならない。
 アスランに言われているように、再び玄関をロックすると、キラもまた、リビングへと向かう。その途中で、自分の部屋からスリープモードにしていたハロを持ち出した。
「大丈夫ですよ、キラさん。別にそれがなくても、僕は困りません」
 顔を見ていれば、だいたいキラの言いたいことがわかるから……とニコルは微笑む。アスランも同じ事を言うのだが、そんな自分の表情は読みやすいのだろうか。
 そう考えながら、キラはハロの背中にキーボードのケーブルをつなぐ。そして、素速く言葉を打ち込んだ。
『でも、パトリックおじさまがいらっしゃるから』
 それを音声に変換してハロがしゃべる。
「そうですか。では、その前にケーキを食べてしまいましょう」
 二人分しかないんですよ、これ……とこっそりと彼は付け加えた。それに、キラは微笑みを返す。
「では、僕がお茶の準備をしますね」
 しかし、これには慌てるしかない。ダメ、とキラも慌てて立ち上がる。だが、それよりも早く、彼はキッチンへとたどり着いてしまった。当然、キラが残した朝食が見つかってしまう。
「キラさん!」
 彼の雷がその場に落ちまくったのは言うまでもないことだろう。


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最遊釈厄伝