キラも、自分が操作すればどうなるかわからないと自覚していたのか――あるいは最初からそのつもりだったのかもしれない――アスランの言葉に直ぐに頷いて見せた。
 それが確実であることだけが重要だから。そう考えてアスランは準備を整える。
「始めるぞ」
 この言葉に、キラは小さく頷いてみせた。
 それを確認してから、アスランは慎重にマイクロスコープをf字孔から中へと進める。
 本当は、上板か下板をはがしてしまえばいいのかもしれない。バイオリンは修理をすることを考えて外しやすい形状になっているのだ。
 だが、キラの前で――本当に修理をするわけでもないのに――そんなことは出来ない。
「……魂柱や何かにあるわけじゃないと思うから……」
 それに手を加えてしまえば、バイオリンの音自体が変わってしまう。だが、それを言うならどのパーツでも同じだろう。バイオリンはその全てが共鳴することであれだけ豊かな音を出しているのだ。
 第一、キラがこれを手放したことはないはず。そんな大がかりな手順が必要な作業をしている隙はなかったのではないか。
 それとも、マイクロスコープでは見えない場所なのか。
 だからといって、中に落とし込んでいるわけでもないだろう。
 そんなことをすれば、キラが気付かないはずがない。
「内部じゃないのかも、しれないな……」
 内部だ、とするなら、キラがこれを手にする前に行われた作業だ……と言うことになる。アスランはそうも付け加えた。
「どうする、キラ?」
 それでも、さらに中を確認するのか、と問いかけた。
 彼の言葉に、キラは少し考え込むような表情を作る。
「……これ以上、となると……中を少し傷つける可能性がある。俺としてはあまりやりたくない、な」
 できれば、と顔をしかめた。
 それに、キラは小さく頷いてみせる。
 これ以上、詳しく調べるなら、やはり専門家に任せるしかない。それはキラにも理解できたのだろう。
「じゃ、外すよ」
 これを、と確認を求めれば、キラはまた小さく頷いてみせる。しかし、その表情はさえない。
 それは間違いなく、何が原因なのかわからないから、だろう。
 どのような悪い内容であろうとも、その原因がわかればまだ対処法を考えることが出来る。しかし、原因がわからなければ手のだしようがない。それが、彼には辛いのだろう。
「……本体でないとすれば、ケースかもしれないな」
 バイオリン本体よりはあちらの方が可能性が高いかもしれない。
「お前、何回か、壊しているし」
 そういった瞬間だ。キラの頬が思い切りふくらんだ。
「事実だろう」
 ケースだけ行方不明にしたことも一度や二度ではないはず。
 それでも、本体が無事なだけでもましなのか。
 いや、キラのことだ。本体にだけ意識を向けているせいでケースが楽譜の存在を忘れてしまうだけかもしれない。
 キラの集中力は凄い。しかし、その長所が短所でもある、というのはこういうことだ。
「わかっているよ、キラ」
 何やら意味ありげな視線を向けてくる彼に、アスランは頷いてみせる。
「このケースじゃない可能性もある、と言いたいんだろう?」
 でも、と言い返す。
「一番最後に手にしたそれでなければ、既に誰かが手にしている可能性があるのではないか」
 オーブの首長家であれば、それらを既に手に入れることも不可能ではないのかもしれない。
 それでも連中が欲しいものが見つからなかった。
 だから、ある意味、理不尽とも言える要求を突きつけてきたのではないか。
「……父上は本当に中身を知らなかったのか?」
 ふっとそんな疑問がわき上がってくる。
「確認しておくべき、だろうな」
 知らなかったとしても、話をしておいた方がいいだろう。いざとなれば、彼にあれこれ協力をしてもらわなければいけない。
「……後は、母上か」
 他の者達には、きっと、同席したメンバーから連絡が行っているはずだ。
 後は、彼等がどう動くか……と言うのが問題かもしれない。
「大丈夫だ、キラ。絶対に阻止してみせる」
 キラの手から、ただ一つ残った両親の温もりを奪わせはしない。アスランはそういって笑った。


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