二人だけになった瞬間、キラは寝室へとまた入っていった。しかし、直ぐに戻ってくる。
 その手には、しっかりとバイオリンが握られていた。
「……キラ……」
 いったい何故、とは思わない。
 彼は彼なりに先ほどのことを整理したいのだろう。あるいは、自分のバイオリンに何が秘められているのか、自分で調べてみたいと思ったのか。
「……お茶を飲むか?」
 とりあえず、何か声をかけなければいけない。だが、何と言えばいいのかわからなくて、こんなセリフを口にしてしまう。
 それにキラは首を小さく横に振った。
「そうだよな」
 さっき、イザークが淹れてくれた紅茶を堪能したばかりだから、と苦笑と共に頷いてみせる。それに、キラも同じような表情を返してきた。
 だが、直ぐに彼の表情が微妙に変化をする。
「何か必要なものがあるのか?」
 それにアスランはこう聞き返す。そうすれば、キラは直ぐに頷いて見せた。
「何が欲しいんだ?」
 バイオリンを作るときの道具だろうか。流石に、これだけは表情では読み取れない。
 それがキラにもわかったのだろう。
 部屋の隅で転がっていたハロを手招く。コロコロと可愛らしい仕草で転がってくるそれに少しだけ心が和んだのか。キラは淡い笑みを口元に浮かべる。
 そのまま、それを抱き上げると、口の中からキーボードを取り出す。そして背中に接続をした。
『マイクロスコープって、持っていなかったっけ?』
 それで、中を確認したいのだ。キラはそう告げる。
「あるけど……入るかな」
 そんな細いものがあっただろうか。アスランは自分の道具箱のなかを思い描きながらこう呟く。
「探してくるから、待っていて」
 こう告げるとアスランは作業用に使っている部屋へと足を向ける。
 そこには、先日、キラのために作り上げたバイオリンが所在なさげにおかれていた。そういえば、まだ弾いて貰ってないな……とアスランは心の中で呟く。しかし、ここしばらくいろいろあったから、それもしかたがないのだろうか。そうは考えるが、やはりどこか悔しい。
 一度でも弾いて貰えれば、こんな気持ちは消えるのに。
 そう考えて、慌ててアスランは首を横に振った。
「今は、そんなことを考えている場合じゃないな」
 もっと優先しなければいけないことがある。
「お前を弾いてもらうのは、もう少し後でもいいだろうし」
 落ち着いてからのほうが、キラも気持ちよく弾けるだろう。それまで自分が我慢をすればいいだけのことだ。アスランは自分に言い聞かせるようにこう呟く。
「それよりも、マイクロスコープ、か」
 楽器作りでは必要はない。だが、マイクロユニット関係では時々必要になることもあるのだ。だから、購入した記憶がある。
 しかし、それをどこにしまっただろうか。
 ここしばらく、新しいハロも作っていないから、どこに片づけたかを忘れてしまった。そんなことがキラにばれたら後々厄介だよな。そう思いつつアスランは工具を置いている棚へと視線を走らせる。
「確か、この中だったと……」
 こう呟きながら箱を一つ引っ張り出した。
 蓋を開ければ、とりあえず目的のものが確認できる。
「……後はモニターか」
 しかし、キラに中身を傷つけずに中を確認することが可能だろうか。
 ふっとそんな疑問がわいてくる。
「俺がやればいいか」
 キラに操作方法を教えるよりもその方が早いし、確実だろう。そう判断をすると、アスランは頷く。
「キラを納得させるのも難しくないだろうし」
 それがいいに決まっている。こう呟きながら、手早く必要な機材を取り出した。
「さて、と」
 これを自分の腕だけで運ぶのは不可能だ。だから、と作業用のワゴンの上にあるものをざっとテーブルに移動して、代わりにそれを乗せる。
「……しばらく、キラはここには入室禁止だな」
 小さくそう呟く。
 そして、ワゴンを押しながらリビングへと戻した。


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