「アスラン?」
「どうかしたのか?」
「何が書いてあったんだ」
 自分まで表情を強ばらせたから、だろうか。即座に幼なじみ達が声をかけてくる。
「……キラのバイオリンはオーブのものだから、返せ……と言っている」
 あまりに衝撃が大きかったせいか。自分の口から出た言葉には完全に感情が消えていた。
 自分でこうなのだから、キラの受けた衝撃はどれだけ大きいのだろう。
「……何ですの、それは!」
 しかし、それよりもラクスが怖い。
「あれはキラのご両親がキラのために選ばれたものです! ヤマト家の個人財産です」
 書類その他を整えるとき、自分も同席したのだから間違いない、とラクスは言い切った。
「第一、あれは――キラには申し訳ありませんが――資産的価値はさほどありませんわ。それよりも、もっと違う価値はありますけど」
 それなのに、どこでそういう考えになるのか。そう告げる彼女の声が、いつもよりもオクターブ低い。
「そうですよね、ラクスさん」
 さらに、ニコルまでが同意をする。
「楽器は、演奏する人間にとって自分の一部です。特に、キラさんの場合はバイオリンそのものに特別な感情がこめられていますから、なおさらでしょう」
 それを取り上げると言うことは、キラの演奏家としての一面を全て否定することだ。
 ニコルがそういった瞬間、彼の手元にあったグラスにひびが入ったのは偶然ではないだろう。
「あ……」
 キラの視線がそれに向けられているからだろうか。ニコルは苦笑を浮かべた。
「すみません。ちょっと力んでしまいました」
 ちょっと許せなくて、と彼はその表情のまま続ける。それにキラは小さく首を横に振って、気にしないように伝えている。
 それにしても、とアスランは心の中で呟く。
 今まで三年以上、あちらは何持ってこなかった。ここにキラとバイオリンがあることを知っていたにもかかわらず、だ。
 それとも、何か事情が変わったのか――あるいは、あのバイオリンに何かヒミツがあったのかもしれない――と眉根を寄せながら考える。
「……アスラン……」
 不意にイザークが口を開く。
「それは本当にアスハの人間が書いたものか?」
 この言葉に意味がわからないというようにアスランは視線を向ける。
 いや、彼だけではない。
 キラを含めた他の者達も、だ。
「それって、どういう意味だ?」
 どう見ても、それはアスハのものだろう? とディアッカが問いかけている。
「用紙や封印は、な。だが、他の人間が使えないわけではあるまい」
 特に、ウズミ・ナラ・アスハはここ数年、表に出ていない。そして、カガリ・ユラ・アスハはまだ、政治の世界では一人前とは見なされていないだろう、と彼は続ける。
「カガリがアスハ代表の代理として公的な行事に出席するときは、その後見としてセイランが付いている」
 そして、セイランはどちらかと言えば地球連合よりの首長家だ。
 だから、と彼は続けた。
「セイランの人間であれば、アスハの紋章や用紙を使えるかもしれない」
 そういわれてしまえば納得できる。
「……問題は、どうして今頃になってキラのバイオリンを欲しがるか、だ」
 その理由までは自分にもわからない。彼は最後にそう締めくくった。
「確かに、おかしいよな」
 ディアッカも頷いてみせる。
「取り上げるなら、三年前のほうが簡単だろうに」
 自分たちの親が悲報を聞いてキラの元へ駆けつける前であれば、と彼はさらに付け加えた。
「何か、そうしなければいけない理由が見つかったのかもしれませんね」
 ニコルは考え込むような表情で呟く。
 だが、直ぐに彼は顔を上げた。
「キラさん」
 意を決したというように彼は言葉を口にし始める。
「一日……いえ、半日で構いません。キラさんのバイオリンをケースごと、僕に預けてくださいませんか?」
 専門の業者を使って調べたい。そうすれば、理由がわかるかもしれない……と彼は続ける。
「もちろん、楽器にもケースにも傷は付けさせません。調べている最中は僕が責任を持って立ち会います」
 それでも不安なら、アスランにも立ち会ってもらうから。彼はそうも付け加えた。
「キラ、どうする?」
 理由がわかったなら、交渉の材料に出来るかもしれない。そうしたら、キラがそれを手放さずにすむかもしれない、とアスランも口にする。
 同時に、アスランの中である可能性が浮かび上がった。
 ひょっとしたら、あの日から行方不明になっているキラが誕生日に受け取るはずだったバイオリン。それはあちらの手にあるのではないか。
「断ってもいいんだよ?」
 その時は他の手段を考えればいいだけのことだ。
「……答えは、今すぐでなくてもいいですから」
 ニコルも微笑みながらこう口にする。それに、キラはようやく小さく頷いて見せた。


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