寝室へ行けば、予想通り封筒を見つめたままたたずんでいるキラの姿が確認できた。
「キラ」
 彼の名を呼びながら、アスランはその背後に歩み寄る。そして、彼を驚かせないように、そっと背中から抱きしめた。
 次の瞬間、彼はまるでアスランに体重を預けるように体から力を抜く。
「やめたいなら、やめてもいいんだぞ?」
 みんなだって、キラが『嫌だ』と言えば納得してくれる。彼の体を抱きしめながらそう囁く。
 だが、キラは首を横に振ってアスランの言葉を否定した。
 どうやら、自分の意志を帰る予定はないらしい。そういうところは本という二彼らしいが、とアスランは苦笑を浮かべた。
「なら、戻るか?」
 みんなが心配をしている、とそう告げれば、キラは小さく頷いてみせる。
「それも、持っていくか?」
 視線をテーブルの上の封筒に向けて問いかけた。
 一瞬の逡巡の後、キラは小さく頷いて見せる。
「心配するな。誰も勝手に封を切ったりはしない」
 キラが開ける気になるまで待っているさ、と笑う。それにキラは『わかっている』というような視線を投げつけてくる。
「なら、戻ろう。心配している」
 ここに踏み込んでこないだけ、少しは理性が残っている、と言うことか……とアスランはため息をつく。
「でも、お前が戻らないと、ラクスあたりが踏み込んできそうだな」
 できれば、それだけは避けたいのだが……と続ける。
 キラもまた、それには同意らしい。小さなため息とともに頷いて見せた。そのまま、封筒の方へと手を伸ばす。
 だが、それよりも早く、アスランの手がそれをすくい上げる。その事実に、キラが驚いたようにアスランを見上げてきた。
「俺が持っていくよ」
 その方が、キラも気持ちが楽だろう? とアスランは付け加える。
「それに、そうすれば手もつなげるしな」
 もちろん、キラが封筒を持っていても手をつなぐことは可能だ。しかし、自分が持っている方がいい。アスランは何故かそう感じていた。
「ほら、キラ」
 キラに関してだけを言えば、自分のその感覚には逆らわない方がいい。そのこともわかっている。
 だから、とそう思いながらアスランは彼に向かって手を差し出した。
 それにキラは、おずおずと手を差し出してくる。
「じゃ、戻ろう」
 その手をしっかりと握りしめるとアスランは微笑みを浮かべた。それにキラが頷いたのを確認して、歩き出す。
 リビングに戻ると同時に、心地よい香りが彼等の体を包んだ。
「遅いぞ、アスラン」
 勝手に淹れさせてもらった、とイザークはふんぞり返っている。その前には紅茶のカップがおかれていた。
「悪い。止められなかった」
 と言うことは、ここのキッチンにあった分だろう。
「……どの缶を開けたんだ?」
 アスランは思わず問いかけてしまった。レノア専用のものを使われては、後が怖い。
「心配するな。とりあえず普通のを選んでやった」
 いつもアスラン達が飲んでいる缶だ、と言い返されて、とりあえずほっとする。
「何だ? それとも、出し惜しみをしているようなものがあるのか?」
 イザークが即座にこう問いかけてきた。
「……母上専用の缶があるだけ、だ」
 流石に、それを勝手に飲まれたら、後々困る。アスランはため息とともにそう口にした。
「まぁ、その時は素直に『イザークが飲んだ』と伝えるが」
 その言葉に、彼は思いきり顔をしかめた。
「ともかく、お前達の分も淹れてやる。だから、まずは座れ」
 ごまかそうというのか。彼はこう言ってくる。
「……どうする? コーヒーの方がいいなら、遠慮はするなよ?」
 イザークに対するイヤミ半分にアスランはキラに問いかけた。
「アスラン!」
 貴様、と即座に予想通りの反応を見せてくれる。しかし、キラは小さく首を横に振ってみせる。
「了解。じゃ、イザークに紅茶を淹れてもらおうか」
 今度は首を縦に振る。それだけで機嫌が直るあたり、イザークもキラには甘い。だが、人のことは言えないしな。そう心の中で呟きながら、アスランはキラを促して椅子に腰を下ろした。


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