エントランスで、アスランは幼なじみの一人と出会った。
「ニコル」
 自分たち以上に多忙な彼と顔を合わせられる機会は少ない。だから、と思いながら、声をかける。
「お久しぶりですね、アスラン」
 即座に彼は微笑みを返してきた。
「これからカレッジですか?」
「あぁ……約束だからな。きちんと通わないといけない」
 不本意だが、と付け加えながらさりげなく視線を自分が、今、降りてきたエレベーターへと向ける。
「しかたがありません。僕たちが義務を果たすこともキラさんを守るためには必要なことです」
「わかってはいるんだが」
 自分よりもニコルのほうがしっかりと現実を見ているのではないか。
「どうしても、な」
 夕べも魘されていたし、とアスランはため息をつく。
「アスランが、一番、キラさんに近い場所にいますから、ね」
 自分たちも側にはいる。
 しかし、別の部屋にいる以上、日常の全てを見ているわけではないのだ。
 逆に、だからこそ、こうして苦言を呈することが出来るわけだが、と彼は微笑む。
「それはありがたいと思っている」
 自分だけであれば、とっくにキラと共倒れになっているかもしれない。それはそれで本望かもしれないが、周囲の者達にとって見ればそうではないはずだ。
「いえ。僕たちにとっても、キラさんは大切な存在ですから」
 色々な意味で、とニコルは微笑む。
「もう一度、コンサートホールでキラさんのバイオリンを聞ければ、と思いますよ」
 出来るなら、その伴奏は自分がやりたい。そうも付け加える。
「そういえば……今晩、時間はあるか?」
 今からでも構わないが、できれば自分がいるときの方が嬉しい。そうもアスランは付け加えた。
「ひょっとして……」
「あぁ。今朝、出来たよ」
 もっとも、とアスランは少しだけ哀しげな表情を作る。
「頼めば、ひいてくれるだろうが……手元には残してくれないだろうな、キラは」
 そして、また、あの3/4のバイオリンを使うのだ。
 既に、あれはキラの体には合わなくなっているのに、がんとしてそれを使い続けている。
「……キラさんの気持ちも、わかりますけどね……」
 一瞬にして、肉親を失った。
 その彼に残された数少ない肉親との繋がりを示すものが、あのバイオリンなのだろう。
「せめて……おじさん達がキラのために注文していた、と言うバイオリンが見つかってくれれば……」
 そうすれば、少しはキラの気持ちも安らぐのだろうか。
「僕も伝手を使って探して貰っているのですが……」
 あの混乱でどこに行ったのかがわからないらしい。それでも、とニコルは言葉を重ねる。
「あの時、まだキラさんの家に届いていなかったのであれば、バイオリンそのものは無事なはずです」
 なら、必ず見つけ出せる。いや、見つけてみせる……と彼は言い切る。
「僕だけじゃなく、ラクスさまも動いていますからね」
 だから、必ず手がかりを掴むことが出来るはずだ。
「そうだな。イザーク達も動いてくれているから……いずれは見つかると思うが……」
 だが、それがいつになるかわからない。それが問題だ、と言っていいのだろうか。
 自分は、今すぐにでもキラの笑顔を見たいのだ。そして、彼の声を聞きたい。
「あぁ、そうだ」
 ふっと何かを思い出した、と言うようにニコルは言葉を綴り出す。
「後でキラさんに今使っているバイオリンを、もう一度確認させて貰わないと」
 アスランの話では、キラのご両親は、ずっと同じ店で彼のためのバイオリンを用意していたという。ならば、同じシリーズのものだった可能性が高い。
「……同じ工房のものだ、と聞いた記憶があるな、そういえば……」
 キラがあの音色を気に入っている。ならば、と店に頼んでいたらしい。アスランは記憶の中からその時の会話を掘り起こしながらこう言い返す。
 同時に、どうして今までそれを忘れていたのか……とも思う。
「それなら、余計に確認させて頂かないと」
 きっと、大きな手がかりになるから。そういってニコルは頷く。
「後、ラクスさま達にも声をかけておきますね」
 でないと後々大変なことになりますよ……と言われてアスランは苦笑を浮かべる。そうなったとき、どのような騒ぎになるのか、想像が付いてしまったのだ。
「頼んで構わないか?」
「任せておいてください」
 それよりも、そろそろ行かないと遅刻しますよ? と指摘をされて、アスランはとっさに時計を確認する。確かに、既にぎりぎりの時間だ。
「では、また夜に」
 この言葉とともにアスランはきびすを返す。
「えぇ。勉強、頑張ってきてくださいね」
 彼の背中をニコルの声が追いかけてきた。


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