「どうかしたのか?」
 キラ、とアスランは問いかける。
 片づけを終えて来たのに、彼の意識は自分には向けられない。
 ひょっとして、先ほどのあれで、機嫌を損ねてしまったのだろうか。
 その可能性は否定できない。心の中でそう呟く。自分でも少しやりすぎたとは思っているのだ。
「キラ」
 しかし、こんな風に無視をされるのは面白くない。まだ、怒りをぶつけてくれた方がマシだ。そんな風に考えながら、アスランは彼に呼びかける。
「からかいすぎたのは、謝るから……」
 だから、機嫌を直してくれないか? そういいながら、キラの顔をのぞき込む。
「キラ?」
 しかし、これだけ近くにいるのに、キラの視点が自分に合わせられない。それはどうしてなのか。
「キラ!」
 これと同じ状況を以前経験したことがある。だから、これが危険信号だ、ということもわかっていた。
 だから、強引にでもキラの意識を自分に向けさせなければいけない。
「ごめん、キラ」
 言葉とともに、彼の唇に自分のそれを重ねる。そして、そのまま強引に舌を滑り込ませた。
 それでも、最初は直ぐに反応が返ってこない。
 いったい、どこまで彼の意識は深く潜ってしまったのだろうか。そう思いながら、さらに深く口づける。
 そのまま、どれだけの時間、唇を重ねていただろうか。
 キラの指が、弱々しくアスランの服の裾を掴む。
 だが、まだここで気を抜いてはいけない。
 そうかんがえると、アスランは顔の角度を変え、また、キラの唇をむさぼるように口づける。
 今度は、明確な意志を持って、キラの指がアスランの服を握りしめてきた。
 その事実にほっとしながらも、口づけをとけない。あるいは、この状況にアスラン自身が酔っているのかもしれない。しかし、それでもいいと思ってしまうのは、相手が《キラ》だから、だろうか。
 だから、と思いながら、さらに深く口づけようとする。
 そんなアスランの背中を、キラの拳が弱々しく叩いてきた。どうやら、呼吸が苦しくなってしまったらしい。
 本当に、いつまで経ってもキラは色事になれてくれない。
 そういうところが可愛いんだけど……と心の中で呟きながら、アスランはキラの唇を解放した。
 次の瞬間、ためらうことなくキラはアスランをにらみつけてくる。
「怒ることないだろう、キラ」
 そんな彼に向かってアスランはこう言い返す。
「せっかく、頑張って後始末をして来たのに……キラが俺を無視するから悪いんだろう?」
 とりあえず、今のキラの様子に関しては触れない。代わりに、こう告げた。そうすれば、キラはしまったというように視線をそらす。
「まったく……プログラムを考えるのはいいけど、現実を忘れるなっていつも言っているだろう?」
 さらにこう言いながら、キラの唇に指先で触れる。
 その瞬間、彼の体が小さく震えた。どうやら、今のキスでかなり煽られてしまったらしい。その前に、中途半端なところで放置したから、余計に過敏になっているのだろうか。
 だとするなら、このまま先に進んでもいいかもしれない。
 でも、とアスランは心の中で呟く。
 どれだけの時間、ここでぼうっとしていたのだろうか。
 いくら完璧に管理された空調でも、今の時期なら冷えるに決まっている。そして、キラの肌はかなり熱を失っていた。
 あるいは、自分が作業を始めてからずっと、だったのかもしれない。既に、あの時から二時間近く経っているから、十分あり得そうだ。
「ともかく、体を温めないと」
 こう呟いたとき、アスランの脳裏にちょっとしたイタズラのようなアイディアが浮かぶ。
「と言うことで、一緒にお風呂に入ろうか」
 にこやかな口調でそう告げる。その瞬間、キラが驚いたように目を丸くした。
「心配するな。ちゃんと洗ってやるから」
 ついでに、暖まるまできちんと見張っていてやる。もし、湯あたりをしたら、責任を持って看病してやるから。
 ここまで口にすれば、キラにも自分が何をしようとしているのかわかったのだろう。とっさに逃げようとする。しかし、それよりもアスランの動きの方が早かった。
「遠慮しなくていいよ」
 小さな笑いと共に、彼の体を腕の中に閉じ込める。
「俺がそうしたいんだ」
 言葉とともに彼の体を抱き上げた。そのまま、暴れる彼をなだめるようにキスをする。
 唇を重ねたまま移動を開始するアスランに、キラはもう抵抗をすることが出来ないようだった。



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最遊釈厄伝