戻ってきたアスランの表情がさえない。それはどうしてなのだろうか、とキラは首をかしげたくなった。
「何でもないよ、キラ」
 しかし、アスランは苦笑と共にこう告げるだけだ。
 だが、絶対になにか気にかかることがあるのだ、とキラには思えてならない。
「キッチンの片づけが厄介だな、と思っているだけで」
 しかし、こう言われては妙に納得できてしまう。それは、先ほど、キッチンの惨状を目の当たりにしたから、だろうか。
「一応、母上が料理をしているわきで、片づけられるものは片づけたんだけど、な」
 それでも、自分が見ていなかったときの部分までは片づけきれなかった。しかも、レノアが片づけている間にもさらに惨状を広めてくれるし……と彼は付け加える。
「味はいいんだが、母上は後かたづけがものすごく苦手なんだよな」
 研究の時はあれだけ整然とした状況を保っていられるのに……と彼はまたため息をつく。
「それとも……回りが気を遣ってくれているのか」
 彼女の回りには必ず助手が付いているから、と付け加えながら、アスランは首をかしげた。
「ともかく、あれを何とかしないと、明日の朝食は、誰かの部屋に押しかけてキッチンを占拠しなきゃなくなるからな」
 流石にそれは避けたい。
「と言うことで、気は進まないが片づけてくるか」
 キラは、ここで大人しく待っていて……と彼は口にする。
 確かに、自分が一緒に行っても足手まといにしかならない。それはわかっている。だから、素直に頷いてみせる。
「大丈夫。寝る時間までには終わらせるから」
 そうしたら、今日も一緒に寝よう。そういって彼が笑う。
 もちろん、それがただ『寝る』だけではないことも、わかっている。
 期待をしているわけではないが、自然と頬が赤くなってしまった。
「本当、可愛いよな、キラは」
 くすくすと笑いを漏らしながらアスランがこう言ってくる。
 いったい、それは誰のせいだ。そういいたくて、キラはアスランをにらみつけた。
「はいはい。わかっているよ」
 全部、俺のせいだよな……と彼はさらに笑いを深める。そのまま、キラの方へと歩み寄ってきた。
 そのまま、そっとキラの頬に手を添えてくる。
「でも、キラだってこうされるのはいやじゃないだろう?」
 言葉とともに、彼の指がキラの首筋へと移動していく。そのまま、意味ありげになで上げてくる。
 それは、いつも、ベッドの中で与えられる動きだ。
 キラは反射的に体を震わせる。
 その後の行為を思い出してしまったのか、体温が上昇していく。
「これ以上は、ダメか」
 したいのは山々だけど、片づけをしないと……とアスランはキラの肌から手を放す。それに物足りなさを感じてしまう自分は浅ましいのだろうか。
「残念だけど、もう少し我慢してね」
 終わってから、ゆっくりとしよう? とアスランはキラの耳元で囁いてくる。彼のそのといきだけで、肌が粟立ってしまうのだ。
「そう煽るんじゃないの」
 なのに、どうして彼はここまで余裕を見せつけてくれるのだろうか。そう考えれば、本気で恨めしくなってしまう。
「でないと、俺も我慢できなくなるだろう」
 すぐだから、とそのまま頬にキスを贈ってくる。
 そのまま離れていく背中は、いつもと代わりがない。
 こんな時には、声が出なくてよかったかもしれない……とキラは思う。でなければ、その背中に向かって余計なことを口走ってしまいそうなのだ。
 ともかく、中途半端に煽られてしまったこの熱を何とかしなければいけない。
 こう言うときは、他のことに意識を向けるしかないだろう。だからといって、バイオリンを弾くわけにはいかない。そうしてしまえば、間違いなく今の自分の感情がアスランにばれてしまう。
 なら、手っ取り早いのはプログラムを書くことだろうか。そうすれば、きっと頭が冷える。それに、やってしまえば、それだけバイオリンの練習に割ける時間が増えるはずだ。
 多少のミスは笑って流してくれるだろうメンバーとはいえ、やっぱり、少しでもいい演奏を聴いて欲しい。
 そのためには、やはり練習をしなければいけないから……と考えながら、立ち上がった。そして、部屋の方に向かう。
 ひょっとして、うまくごまかされたのではないか。
 キラがそう考えたのは、パソコンを起動した後だった。  いったい、彼は何を隠しているのだろう。きっと、自分に知らせたくないことなのだ、と言うことはわかる。でも、自分のことならば教えて欲しい。そう思うのはワガママなのだろうか。
 あるいは、今の自分の様子が彼に不安を与えているのかもしれない。
 なら、声を出せるようになったら、この状況は変わるのだろうか。
 でも、どうすればいいのかはわからない。そして、タッド達にもこれに関して焦らないようにと言われている。
 しかし、自分の世界が変わろうとしているこの時に、それでいいのだろうか。
 そんなことを考えながら、キラはオーブからの手紙へと視線を向けた。


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