本当に、母はいったい何をしに来たのだろうか。
 さんざんキラを構い倒して満足したのだろう。にこやかに立ち上がる彼女を見つめながらアスランは本気で悩む。
「さて、今日は帰らないと……パトリックがふくれるわね」
 しかも、このセリフだ。
 やはり、ザラ家で最強なのは彼女なのかもしれない。
「で、見送りはしてくれないの? アスラン」
 名指しでご指名ですか。思わず心の中でそう呟いてしまう。
「あら。キラちゃんも見送りしてくれるの?」
 嬉しいわ、と彼女は微笑む。
「でも、玄関まででいいわ」
 無理はしないでね? とレノアは手を伸ばすとキラの髪を撫でた。それにキラは気持ちよさそうに目を細めている。
「もちろん、あなたはエントランスまでよ?」
 そのまま、アスランへと視線を戻すと、レノアはこう宣言をした。
「わかっていますよ、母上」
 小さなため息とともにアスランも立ち上がる。きっと、彼女がわざわざこう言ってきたのは、キラに聞かせたくない話があるからではないか。そう思ったのだ。
「その間にキラは、カップをキッチンへと移動させておいてくれるか?」
 洗わなくていいから、シンクに置いておいてくれ。そうも付け加える。
 それに『いいのか』と言うようにキラが視線を向けてきた。
「キッチンの後かたづけがまだすんでいないからね。だから、おいておくだけでいいよ」
 それに、とアスランは笑みを深める。
「ラクスから頼まれた仕事があるだろう? そっちを片づけてしまえばいい」
 キラがそれをさっさと終わらせてしまえば、二人でゆっくりと過ごせる時間が増えるだろう? と付け加えた。その次の瞬間、彼は頬を赤らめる。
「あなた達、仲がいいのはいいけど……そういうのは他人がいないときにしなさい」
 本当に、見せつけられる方の身にもなれ……とレノアはため息をついてみせた。
「ラクスは逆に喜びますよ?」
 ぼそっと呟いてしまう。
「でなければ、あなたの婚約者なんてしてくれないでしょう?」
 感謝しなさい。レノアはアスランのセリフをこの一言で切り捨ててくれる。
「それでは、またね。詳しい日程が決まったら、連絡をするわ」
 それがなくても、顔を見せに来るわね……と一転して優しい表情でキラに告げた。そして、そっと彼の額にキスを贈る。それにキラもまた微笑みを向けた。それが、彼の同意の仕草だ、とレノアは気付いているだろう。
 キラから手を放すと、彼女は歩き出す。
 アスランとキラも、その後を追いかけた。
 しかし、いくら広いとはいえ、玄関までの距離はそうない。だから、すぐにたどり着いてしまった。
「キラ。ここまででいい」
 後は自分が送っていくから。そう付け加えれば、彼は小さく頷いてみせる。
 そのまま、キラを残して玄関を閉めた。
「母上」
 キラの足音が遠ざかったことを確認してから、アスランは低い声で彼女に呼びかける。
「何かしら?」
 小さな笑いと共に彼女は視線を向けてきた。
「いったい、何を隠しておられますか?」
 自分たちに、とそう問いかける。
「気付いてくれないかと思ったわ」
 くすくす、と笑いながら彼女は口にした。
「もっとも、あなたのことだから気付いてくれるだろうとは思っていたけど」
 でなければ、自分たちの息子ではない。レノアはそういいきった。そうまで言い切るか、とアスランはあきれたように視線を向ける。
「だって、キラちゃんは気付いていたでしょう?」
 だが、こう言われては反論のしようもない。
「そうですね」
 キラが気付いているのだから、自分が気が付かなくては恥ずかしいか……とアスランはとりあえず納得をする。
「でしょう?」
 レノアはそういって頷いて見せた。
「ともかく、下に行きましょう」
 エレベーターの中で話して上げるわ。そう彼女は告げる。
「わかりました」
 確かに、そこであれば他人に聞かれる可能性は少ないだろう。しかし、そこまで気を遣わなければいけない内容とは何なのだろうか。アスランはそちらの方が気になった。

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