今日の夕食は自分が作る。そういって、レノアはキッチンへと向かった。
「……大丈夫か?」
 その後ろ姿を見送りながら、アスランはこう呟く。
 そういえば、自分も彼女が料理をしているところは見たことがない。それはきっと、カリダが家にいたからではないか。そう思っていた。
 しかし、アスランの様子を見ているとそうではないのだろうか。
「やっぱり俺が……」
 こう言いながら、彼は腰を浮かせようとする。それをキラは止めた。アスランが行っても、レノアが思いとどまってくれるとは思えないのだ。
「キラ……」
 そうだよな、とアスランはため息をつく。
「胃薬だけでも用意しておくべきか……」
 しかし、それはそれでばれたときが怖い。そんなことも彼は続ける。
「ともかく……見た目は二の次、と言うことで、妥協してくれ」
 食べられないときは、残していいから……とアスランが口にしたときだ。
「きゃぁぁぁっ!」
 キッチンの方から何やら悲鳴が聞こえてくる。それに、キラは反射的にアスランに抱きついてしまった。
「……落ち着いて、キラ」
 アスランが言葉とともに、キラの髪をそうっと撫でてくれる。
「やっぱり、見てくるか」
 キラが不安になっている、と言えばレノアも文句は言わないだろう……と彼はため息をつく。
「できれば、お前のことを口実にはしたくなかったんだけどな」
 それでも、今のは見過ごせない。その言葉とともにアスランは立ち上がった。今度はキラも引き留めることは出来ない。先ほどから、断続的にものを落としているような音が響いているから、だ。
 本当に、レノアは大丈夫なのか。
 それよりもキッチンの惨事を想像するのが怖い。
 やっぱり止めるべきだったのだろうか、と本気で悩む。
「と言うわけで、キラはハロと一緒にここで待っていてくれ」
 そういいながら、アスランは床に転がっていたハロを拾い上げる。そして、そのままそれをキラの手の中に移動させた。
 別に、ハロがいなくても待っていられるのに。キラは心の中でそう呟く。しかし、アスランがそうした方が判断したのであれば、自分は大人しく受け入うたけいれた方がいいのかもしれない。。
 でも、本当に何が起きているのだろうか。
 キラはアスランが消えたキッチンの方を見つめながら、首をかしげていた。

 出てきた料理は、予想に反して綺麗に盛りつけられている。もっとも、これが出てくるまでアスランも戻ってこなかったから、盛りつけだけは彼がやったのだろうか。
「大丈夫だ、キラ。少なくとも、普通に食べられる」
 味見をしたから、とアスランは苦笑と共に告げてきた。
「酷いわね」
 レノアが憮然とした表情と共に言い返してくる。
「それは俺のセリフです。誰がキッチンを片づけると思っているんですか?」
 あの惨状を、とアスランは彼女をにらみつけた。
「あなたに決まっているじゃない」
 それに、レノアは平然と言い返す。
「キラちゃんにそんなことをさせるわけにはいかないでしょう?」
 それとも、と彼女はいきなり目をすがめる。
「あなた、キラちゃんにそんなことをさせているわけじゃないわよね?」
 楽器を弾く人間の指は大切にしなければいけないのに、とレノアは続けた。
「最低限の手伝いぐらいです」
 その位はして当然、と考えられる程度だ。でなければ、キラは何も出来ない人間になってしまうだろう……とアスランは言い返す。
「それに、甘やかすだけじゃダメでしょう?」
 キラだって、それでは納得できないだろうから。そういいながらアスランはキラへと視線を向けてくる。彼の視線に、キラは小さく頷いて見せた。
「あなた方がそれでいいというならいいわ」
 でも、とレノアは視線をアスランへと戻す。
「今日の後かたづけはあなたがしなさい」
 責任をとって、と彼女は笑う。
「いやとは言わせないわよ?」
 さらに声を潜めるとさらに続けた。
「……はい……」
 何かを察知したのか。アスランは渋々と頷いている。
「その間、キラちゃんは私とお話ししていましょうね」
 確かに会話は成立させられるだろうが、本当にいいのだろうか。そう思ってアスランに視線を向ける。そうすれば、彼は苦笑と共に頷いて見せた。


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