「キラちゃんにお願いがあるの」
 三人だけになったところで、レノアがこう切り出す。それに、キラは『なんだろう』というように首をかしげて見せた。
「難しいことじゃないわ。でも、キラちゃんには負担になるかもしれないわね」
 その言葉に、キラは反対側に首をひねる。彼女が本当にそんなことをするとは思わない。だが、それでもキラにとって『負担になる』と内容なのではないか。
「母上、それは?」
 キラが聞きたいと思っていたことを、アスランが代わりに問いかけてくれる。
「詳しい内容をお聞きしても構いませんよね?」
 返答はそれからでも構わないのではないか。
「キラもそれで構わないだろう?」
 この問いかけに、キラは首を縦に振ってくれた。
 アスランといると安心できるのは、自分の気持ちを読み取ってくれるだけではなく、こうして確認をしてから物事を進めてくれることかもしれない。他のみんなも同じような行動をとってくれるが、アスランほど的確に自分の気持ちを読み取ってくれないのだ。
 それはやっぱり、一緒に過ごす時間が長いからなんだろうな、と心の中で付け加える。
「あなた達は本当に」
 苦笑と共にレノアは言葉を口にした。その後に続くはずだった言葉は何なのだろうか。
「エザリアとルイーズ、それにロミナがね。キラちゃんのバイオリンを聞きたいって言っているの」
 それに関しては、別に問題はない。レノアが口にした人々は、キラもよく知っている。月にいた頃からよく顔を合わせていた人物だから、怖いとは思わない。
 ただ、ロミナが来ると言うことはニコルと合奏をして欲しいと言われるのだろうか。他にもエザリアがくるとなれば、イザークも呼び出されるかもしれない。そんなことも考えてしまう。
 だが、そのどれもこれも、自分は負担だと思わないが……とキラは首をかしげる。
「後一人、増えるかもしれないけれど……」
 しかし、その後にレノアがこう付け加えた。
 つまり、彼女が心配していたのはこちらの方なのだ。
「……どなたですか?」
 アスランが少しだけ厳しい響きを滲ませながら問いかける。
「アイリーン・カナーバよ」
 あなたは知っているでしょう? とレノアは逆にアスランに聞き返した。それに、彼は渋々といった様子で頷いている。
 もちろん、キラも彼女の名前は知っていた。
 最年少で最高評議会議員に選ばれた才媛だ。
「彼女と顔見知りになっておくのは、キラちゃんにとってもプラスになると思うの」
 もちろん、あくまでもキラ次第だが。そういってレノアは微笑む。
「……どうしたい、キラ?」
 アスランはそういいながらキラへと視線を向けてくる。
 エザリア達だけならば、問題はない。
 忙しい彼女たちがわざわざ自分のバイオリンを聞きに来てくれるというのであれば、最高の演奏をしよう、とも思う。
 しかし、と不安を覚えるのはやはりアイリーンの存在だ。
 だが、レノアだけではなくエザリア達も自分に合わせて大丈夫だ、と判断したのであれば、心配はいらないのではないか。
 後は、自分の気持ち次第だ……と言うことだろう。
 そんなことを考えながら、キラはアスランを見つめる。自分は知らないが、彼は少しでも彼女の人となりを知っているはずだ。だから、彼の判断を聞かせてもらおうと思ったのだ。
「アイリーン様は、穏健派だからね。ラクスとも仲がいいと聞いたな」
 そうすれば、彼はこう言ってくる。
 なら、大丈夫なのだろうか。でも、声をかけてくるのは演奏が終わってからにしてくれると嬉しいかもしれない。
「まぁ、条件についてはあれこれ後で書き出してみよう」
 とりあえず、大丈夫だ、と判断していいんだな? とアスランが問いかけてくる。
 本当に、どうしてここまで彼は自分の気持ちを読み取ってくれるのだろうか。そう思いながら、キラは頷いて見せた。
「だそうです、母上」
 アスランは今度は視線をレノアに向けるとこう告げた。
「ありがとう、キラちゃん」
 よかったわ、と彼女は安心したように微笑む。
「なら、当日は期待していてね。ケーキはこちらで用意するわ」
「用意してくださるのはロミナ様でしょうに」
 レノアの言葉に、アスランがあきれたようにこう呟く。
「細かいことを気にすると早くはげるわよ」
 くすくすと笑いながら、レノアはこう言い返した。
「でも、パトリックがはげていないから大丈夫なのかしら」
 さりげにきついセリフを口にしているのはどうしてだろう。それでも、その言葉がいやではないのは、きっと、愛情があふれているからだ。キラはそう判断をしていた。


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