最後の音が、桜の木に吸い込まれていく。そんな余韻を残して、キラは弦から弓を外した。 だが、アスラン達はすぐに動けない。 声を失ってからのキラの演奏は、以前よりもすごみをましたような気がする。それとも、これが今のキラの叫びなのだろうか。 だとするなら、何を伝えたいのだろう。 それを知らなければいけない。そう思うのに、自分にはどうしても彼の《音》から《言葉》を聞き取れないのだ。 これがラクスやニコルであれば、この音から何かを受け取ることが出来るのだろうか。 それとも、彼等でも不可能なのか。 父や母が自分に音楽的才能を与えてくれなかったことを恨むのはこう言うときだ。 もし、自分がキラの叫びを理解することが出来たなら、あるいは、彼は自分が作ったバイオリンを受け取ってくれるのだろうか。 そんなことはあり得ない。 もちろん、アスランにもそのことはわかっている。それでも、ついつい、そう考えてしまう。そんな自分が嫌なのに、と心の中ではき出す。 そんなことを考えていたからか。 触れられるまでキラの接近に気付かなかった。そのことも、失態だ……と思う。 「何でもないよ、キラ」 ちょっと自己嫌悪に陥っていただけ、とアスランは苦笑を浮かべる。 「俺が作ったバイオリンは、まだ、形だけだったんだなって」 今の演奏を聴いていてそう思ったんだ、と素直に口にした。もちろん、それが全てではない。しかし、それだけで十分だろう。 「何だ? 今頃気が付いたのか?」 それにキラが反応を返す前に、イザークが口を開く。 「……どういうことだ?」 こいつからは指摘されたくなかったのだが。しかし、自分とは違う視点で状況を認識できているはず。そう思って、問いかける。 「お前のバイオリンは確かにできがいい。しかし、それだけだ」 綺麗な音を奏でられるが、人の心を打つものがない。 ただの好事家や趣味で弾いているものにはそれで十分だろう。しかし、キラやニコル、そしてラクスのように音を奏でることで誰かに何かを伝えようとするものには、それだけでは不十分なのだ。 「そうなのか?」 本当なのか、とキラへと視線を向ける。そうすれば、彼は少しだけ困ったような表情を作った。と言うことは、イザークの言っていることが正しい、と言うことなのか。 しかし、そうだとするならば、自分には難問だ。 いったいどうすればいいのかがわからない。 「……どうすれば、それを……」 自分が作ったバイオリンに与えられるのか。今まで作ってきた手順に間違いがあるわけではないのだろう。しかし、それだけではダメ、と言われても方法がわからない。 「言っておくが、他人に聞いてもわからねぇと思うぞ」 ディアッカが静かな口調でこう告げる。 「それこそ、マニュアルがあるわけじゃない。自分で見つけないといけないことだから、な」 自分だって、それで苦労をしたんだ。だから、アスランも悩め……と彼は笑う。 この二人の言葉だけであれば、まだ、そうなのか……と思うだけだ。 「そうね。あなたは何でも器用にこなしてしまうから……少しぐらい悩んだ方がいいわね」 しかし、母にまでこう言われてしまってはアスランにしても、無視は出来ない。 「ひょっとして、ニコルがこいつに楽器を勧めたのも、それが関わっていたりしてな」 ディアッカが楽しげに告げる。しかし、キラはそれはないというように首を横に振って見せた。 「そうだな。それはない」 イザークもまたこう言ってみせる。 「なら、どうしてだ?」 それ以外に、アスランに恥をかかすようなことを提案する理由がわからない。ディアッカはそういいながら視線をイザークへと向けた。 「嫌がらせだろう。コンサートで居眠りをされた」 流石に、あれは目立ったしな……とイザークは口にする。 「あぁ、あれか」 確かに、顰蹙だったな……とディアッカも頷いて見せた。 「キラのバイオリンでは寝たことがない」 自慢になるわけではないが。それでも、と半ば自棄になってアスランはこう言い返す。 「それだけは本当に不思議だわ」 しかし、どうしてこうも自分の息子の足を引っかけるようなことを口にしてくれるのか。少し恨めしくなってしまう。 「こんな息子だけど、愛想を尽かさないでやってね、キラちゃん」 しかも、キラに向かってこう言ってくれる。 「母上!」 思わず、アスランはこう叫んでしまった。 「何かしら?」 だが、その程度で動じるような彼女ではない。 「……キラが俺を嫌いになることはないです」 せめてもの悔し紛れに、こう口走る。それに、キラが大きく頷いてくれた。 |