ディアッカの、彼らしい豪快な手料理を食べ、イザークが淹れてくれたお茶を飲んでいたときだ。アスランが帰ってきたのは。
「ここにいたのか、キラ」
 部屋の中にキラがいないことを気付いたからだろう。少し慌てた様子で中庭へと姿を見せる。
「まったく……」
 タイミングがいいのか、悪いのか……とその姿を見たイザークが呟く。
「本当だな」
 それにディアッカも頷いて見せた。
「よりによって、これからキラがバイオリンを弾いてくれる、と言うときに帰ってこなくてもいいだろう」
 せっかく、堪能させて貰おうとしたのに……とさらに彼は言葉を重ねる。
「あら。それはいいときに着いたのね」
 しかし、その後に続いた声には、誰もが驚きを隠せない。
「レノア様」
「いらしていたのですか?」
 慌てたようにイザーク達が立ち上がる。
「あぁ。堅苦しい挨拶はいいわ」
 それに、レノアは微笑みながらこう告げた。
「今日はキラちゃんに会いに来ただけだもの」
 だから、あなた方の挨拶を聞く気はないの……と副音声で聞こえてきたような気がするのはキラの錯覚だろうか。
 しかし、彼女に会えるのは嬉しい。そう思いながらキラは立ち上がる。今では《母》の温もりを与えてくれる存在は彼女だけなのだ。
 だが、責任のある立場のせいか、彼女はパトリック以上にここに顔を出すことは少ない。
 今日はたまたま時間が取れたのだろうか。そんなことも考えながら、ゆっくりと彼女に歩み寄っていった。
「元気そうね」
 そんな彼の体を、レノアはためらうことなく抱きしめてくれる。その温もりはアスランのそれとは違った意味で安心できる。
 だから、と言うわけではない。
「うん。大きくなったわ」
 ちゃんと食べさせてくれているようね、と彼女はキラの体を抱きしめたまま周囲の者達に視線を向ける。
「当然です」
「キラが元気でいてくれると、自分たちも安心できますから」
 イザークとディアッカが即座に言葉を返した。しかし、アスランの声が聞こえない。
 それはどうしてなのだろうか。
 キラは不審に思って、彼へと視線を向ける。そうすれば、苦笑を浮かべている姿が目に飛び込んできた。
「どうしたのかしら? アスラン」
 その姿にレノアも気付いたのだろう。こう問いかけている。
「いえ……キラの名誉のためには言わない方がいいかなと」
 だから、どうしてそう意味ありげな口調で告げるのか。それでは、逆にレノアの興味をかき立てるだけではないか、とキラは心の中で呟く。
「……貴方、キラちゃんをいじめているの?」
 しかし、レノアは別の意味にそれを受け取ったようだ。こんなセリフを口にしている。
「その言葉は心外です、母上」
 キラの好き嫌いが多いだけです、とアスランは口にした。
 それだけは言って欲しくなかったのに、とキラは小さなため息をつく。
「……それを食べてもらえるように努力するのがあなたの役目でしょう?」
 だが、レノアの言葉はキラが予想をしていないものだった。
「母上?」
「その程度、工夫次第で食べられるようになるものです」
 そういいきる彼女に、アスランが反論できるはずがない。だからといって納得したわけでもないのだろう。小さく肩をすくめているのがわかった。
 彼のあの様子では、今晩のメニューが怖いかもしれない。そんなことまで考えてしまう。
「まぁ、それはアスラン次第と言うことでここまでにしておきましょう」
 それよりも、と彼女はキラへと視線を落としてくる。
「久々に、キラちゃんのバイオリンを聞かせてちょうだい」
 この言葉に、キラは頷く。
「嬉しいわ。アスランったら、データーもくれないんだから」
 自分だって聞きたいのに、と口にしながらレノアはまた視線をアスランへと戻す。その瞬間、アスランが視線をそらしたのはどうしてなのか。
 意味がわからないまま、キラは首をかしげて見せた。


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最遊釈厄伝