どうして、自分はこんな本を読んでいるのだろうか。 「口実じゃなかったのか」 朝、待ちかまえていたニコルから手渡されたそれは、コントラバスの弾き方について書かれた本だった。しかも、紙に印刷されていると言うところから判断をして、それなりに古いものだろう。 興味がないと言ってしまえばそれだけだろうが、一通り目を通さなければ後が怖い、と言うのも事実だ。 「まったく……」 口実なら口実で、もっと別の方法を考えてくれればいいのに。それとも、これは単純に嫌がらせなのか……とアスランは付け加えた。 「……八つ当たり、かもしれないな」 キラをあんなに不安にさせるような手紙を寄越したアスハへの、とアスランは唇の動きだけで綴る。 「ともかく、あれの中身を確認しないといけないんだろうが……」 キラに無理強いだけはしたくない。 「本当に、難しいな」 人の心は、とアスランはため息をつく。 キラだからこそ、気になるのかもしれないが。そんなことも考えてしまう。 「あら」 アスラン、と誰かに名前を呼ばれた。同時に、肩に手が置かれる。 「母上?」 どうしてここに、とアスランは彼女を振り仰ぐ。 「パトリックから、キラちゃんに会いに行ったときいたからよ」 まったく、あの人は……とレノアは珍しいくらいに怒っている。 「母上?」 「あの手紙のことは聞いていたのよ。だから、決してキラちゃんには渡さないように……と言っておいたのに」 どうしても渡さなければいけないであれば、アスランだけではなく、他のみんなも集めて、その意見を聞いてからにしなさい。そう告げたのだ、と彼女は続ける。 「それなのに、まったく……」 あきれてものも言えないわ。そういって、レノアはため息をつく。 「そういうことだから、キラちゃんの顔を見に来たのよ」 ついでに、久々にアスランの手料理も食べさせて貰おうと思ったの……と彼女は当然のように続ける。 「……どちらがメインですか?」 アスランは本気でこう問いかけてしまう。 「どちらも、よ」 キラを愛でつつアスランの料理を食べる。それで自分のストレスも解消できるから一挙両得でしょう、と彼女は胸を張った。 「はいはい」 勝手にしてください、とアスランは心の中だけで呟く、この母に勝てる人間なんていないのではないか。そんなことまで考えてしまう。 「ですが、昨日の今日ですから……あまり、キラをいじらないでくださいよ?」 昨日もあれこれ大変だったのだ。言外にそう続ける。 「そう」 これは、もう少し反省を続けてもらわなければいけないわね……と彼女は低い声で呟く。 「それで? そのキラちゃんを笑わせるためにあなたはそんな本を読んでいるの?」 だが、次の瞬間、アスランが手にしていた本の内容に気が付いたのだろう。こう問いかけてくる。 「……ニコルにはめられただけです」 まぁ、キラの心の傷を癒やすきっかけになるかもしれない。そう思って、とりあえず付き合っているが……とアスランはため息とともに告げた。 「どういうこと?」 聞かせてくれるわよね? と微笑みながら、レノアは当然のようにアスランの隣の椅子に腰を下ろす。 「……ひょっとしたら――万に一つの可能性ですが――三年前、カリダおばさま達がキラのために手配をしていたバイオリンを見つけ出せないか……と思って」 だから、キラが今使っているバイオリンを確認させて欲しい。その口実として、何故か自分が『コントラバスを弾いてみようか』とニコルに言ったことになっていたのだ。 「まぁ、キラちゃんがらみだとは思っていましたけどね」 でなければ、アスランが自分から楽器の演奏方法を調べようなどと考えないだろうから……とレノアは付け加える。 「顔も頭の中身も手先の器用さも、標準以上に生んで上げたはずなのに……どうして音楽関係の才能が綺麗に抜け落ちちゃったのかしら、あなたは」 自分もパトリックも、標準程度の音感は持っているのに……と彼女はため息をつく。 「母上」 それは自分も自覚している。だから、そこまで言われたくない、とアスランは心の中で付け加える。 「ともかく、それに関しては少しだけだけど協力して上げられるかもしれないわね」 カリダから色々と聞いていたから、とレノアが口にしれくれなかったら、アスランの機嫌が急降下しただろうことは言うまでもない。 「と言うことで、キラちゃんの所に行きましょう?」 しかし、それに気付いているだろうにレノアは微笑みながらもこういう。 「はいはい」 仰せのままに、と口にするとアスランは荷物を片づけ始めた。 |